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完璧じゃなくてもいい
こんにちは。mediumです。
先日はつい、感情的になってしまいました。
◯◯は間違ってないよ!と周りは味方してくれたものの、ほとぼりが冷めた私の心の中では、「なんであんなに怒ってたんだろう…私って未熟だな…。しかも愚痴るなんて…」と、1人反省会をしていました。本人に直接怒りをぶつけたわけでも、周囲に八つ当たりしたわけでもないのに。
この感覚、前にも覚えがあるんです。全ての原因が自分の未熟さにあると思ってしまうこと。簡潔に言って、自己嫌悪です。
客観的に考えてみれば、それはおかしいと分かります。だって、例えばもし私と同じことで誰かが悩んでいたら、こう返すと思います。
「誰だってイライラしたり怒ることくらいあるんだから、そんな事で自分を責めなくて良いんだよ」と。
頭ではわかっているのに、心が追いつかない…。なんで?
悩んだ末に、こちらの動画に辿り着きました。
自分を愛することについて話している動画です。メンタルヘルスについては英語圏のほうが日本よりもオープンに話されている印象なので、英語で検索をかけました。冒頭でこのように言っています。(日本語字幕をつけて見ました)
あなたは、不完全なところも含めて、あなた自身として完全で、完璧であり、価値があります。
自分自身の欠点や、自分が欠点に思っていることでさえも愛してください。
これは、まさに今の私が必要としている言葉でした。私は、他人にイライラしてしまった自分を許せずにいました。23歳で何言ってるんだ??僧侶にでもなるの??とつっこまれそうですが、ガチで思っていたんです。
なので、この言葉を聞いてほっとしました。そうだ、完璧じゃなくていいんだ。誰も完璧じゃないし、私もそうである必要はないんだ、と。
完璧じゃないから、怒ったり泣いたりするし、時にはイライラしたり愚痴りたくなる時もある。だけどそれが私という人間なんだ。そのままで良いんだ。変わる必要も、ましてや自分を責める必要もない。そう思ったら、ふっと気持ちが軽くなったような気がしました。
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他にもYouTubeでいろいろな国の方を見ていて、最近はこちらの動画も見ました。(日本語字幕で見ています)
韓国の方です。タイトルの日本語訳は、“近況。鬱と一緒に生きるということ”。
動画の中で、「元気な時の私と鬱の時の私、どちらかが本物ではない。両方が共存しているから私がいる」と語られていて、分かるなぁと思いながら見ていました。
私も、できるならばずっと穏やかでありたい。無駄に感情を浪費したくない。だけど、泣いたり怒ったり笑ったり、後悔したり不安になったりする自分がいてこそ、今の私を形作っているんだなと思いました。
明日から新学期。
一歩一歩、自分のペースで進んでいきます。
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