【第33回】正直TKA,未来-3:THAを追いかけるのはもう止めよう;TKAも捨てたモンじゃない
阪和第二泉北病院 阪和人工関節センター 総長
格谷義徳
“膝と股関節はもともと違う”から,少々術後成績に差が(もし)あったとしても“仕方ない”のだということを述べてきた。それでは“THAに追いつけ,追い越せ”というのがTKA業界の趨勢になったのはいつ頃からなのだろうか? TKAのTHAとの満足度の差について,必ずと言ってよいほど引用されるのは,Bourneらが2012年のCORRに出した論文である。その中で彼らはTKA後の患者の10~25%は不満を持っており,臨床スコアはすべての報告でTHAより劣ることを指摘した。
これは皆が薄々感じていたことではあるが,TKA業界にかなりのインパクトを与え,それ以降“THAに追いつけ”というさまざまな試みが行われている。例を挙げれば,
●Kinematic Alignmentをはじめとする各種アライメント
●ACL機能の再現
●Navigation, Robotic Surgery
などがそうである。
この方向性は果たして正しいのだろうか? “膝と股関節はもともと違う”から“仕方ない”とも言えるのだが,もともと“TKAとTHAの術後成績にそんなに差があるのか?”ということについても,もう一度見直してみる必要があるだろう。この問題についても,最近いくつか面白いデータを見つけたのでここで紹介しておく。
1つ目はオーストラリアの人工関節レジストリーで,大阪公立大学の箕田先生との対談の中で教えていただいたものである。本レジストリーでは最近患者の満足度調査(と言っても簡単な5段階評価であるが)を含めるようになり,その結果が解析されるようになった。TKAとTHAの結果を下に並べてみたので,まずは虚心坦懐に眺めてみてほしい。
確かに最も上位の“very satisfied”に関してはTKAが58.5%,THAでは73.1%であり,やはりTHAの方が多い。箕田先生との対談で彼が言っていたように“何も言わずに笑顔で帰る”患者さんはTHAに多いのは間違いなさそうだ。しかし臨床的な成功と見なせる “very satisfied” と“satisfied”との合計を見てみると,TKAが83.7%,THAでは89.2%となり,その差は思いのほか小さくなる。さらに臨床的には失敗と見なされる“dissatisfied”と“very dissatisfied”との合計ではTKAが7.6%,THAでは6.5%で,きわめて僅差である。
健常人での股関節のFJSは90点以上であり,ばらつきも小さいが,膝関節のそれは70点前後であることを述べた。上記のTKAとTHAの満足度調査の比較はもともと膝と股関節は違うんだから仕方ない”ことを考えれば,むしろ大健闘であると言ってよかろう。
もう1つのデータは,大阪公立大学の竹村進先生が最近行ったTKAとTHAのFJSに関する大規模調査である。1,109例(TKA430例/THA679例,女性926例/男性183例)の術後平均59カ月時点での横断分析の結果である。
上図に示すように,THAのFJSのほうがTKAのそれよりも有意に高いのだが,その差は(健常人でのデータを考えに入れれば)驚くほど僅差である。これも大健闘であると言ってよかろう。さらにFJSに影響する因子を多変量解析してみると,有意な相関があるのは評価時年齢のみであり,THAまたはTKAであるかは相関がない(性・BMI・経過期間も相関はない。下表参照)。つまり,HAまたはTKAであるかはFJSの値に影響を与えない。一方,FJSは年齢とともに低下するということが知られており(文献),これは年を取ると節々が痛むようになってくるということに他ならない(私自身,最近痛感している)。要するにTKAのFJSが若干低いのは,単に手術を受ける患者さんの層が高齢だからなの(かもしれない)だ。
上記の2つのデータはTHA後の患者満足度に“追いつけ,追い越せ”という,近年の流れに警鐘を鳴らすには十分なものだろう。トレンドに乗せられて新しいものに飛びついて “THAを追いかけるのはもう止めよう”。なぜなら膝と股関節は違うし,TKAも捨てたモンじゃないのだから。隣の芝生は青く見えると言うが,そもそも羨ましがるほどの差はない(かもしれない)のだ。
人工関節の歴史は実は“失敗の歴史”でもある。過去に成績不良により捨て去られたデザインや手技は枚挙にいとまがない。そして新しい概念や方法は,必ず魅力的なキャッチフレーズで皆を誘惑する。最近のAlignment狂騒曲は“Normal”や“Physiological”といった言葉の代わりに“naïve”,“pre-arthritic”,“personalized”といった個性(多様性)を強調する文句が多用されるようになっただけで,PCL温存・切除が論議されていた頃と本質的には変化していない。このような美辞麗句に多くの術者が惑わされてしまうなら,残念ながら“TKAの民度はまったく上がっていない”ということになってしまうし,それを防ぐことが私がnoteで発信を続ける最大の理由(motivation)なのである。
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