見出し画像

【第23回】正直TKA,過去-9

阪和第二泉北病院 阪和人工関節センター 総長
格谷義徳 かどや よしのり

“医師の教育論” “理想の医師論”

少し話が脱線するが“理想の医師論”や“医師の教育論”について少し話してみよう。私がどのようにして日本で●●●TKAを学んだかということにも関係するし,外科手技の習得には特殊な側面があるので参考にもなると思う。

さて日本人の持つ理想の医師論のひとつが“赤髭先生”である。原作は山本周五郎氏の小説であるが映画化もされ,多かれ少なかれほとんどの日本人の“理想の医師像”に影響を与えているように思う。清貧に甘んじながら,社会的に恵まれない貧しい人々に医療を施すという設定は,日本人好みであり誰もが心を動かされる。私もそうだった。そして赤髭先生は医学・医術はもちろんのこと,その “生き様”を通じて若い医師を教育していく。実は私自身は“この生き様を見よ”的な指導は大嫌い(生理的に受け付けない)のだが,その理由は項を改めて述べることにしよう。

もうひとつの(対照的な)理想の医師像は古くは財前五郎,ブラックジャック,近年では大門未知子に代表されるスーパースター,神の手系である。彼らは例外なく外科医であり,“生き様”自体は決してお手本にはならない(どちらかと言えばアウトローである)し,そもそもその生き方を他人に強要することは120%ありえない。そして彼らがどのようにして神の手と言われる外科手技を習得したかについては謎である。彼らは“天才”でないと面白くないし話が成り立たないから。実際には外科手技習得にはLearning Curveは不可欠なのだが,ブラックジャックや大門未知子が,ヘマをして上司に怒鳴られながら手術手技を習得したことが想像できるだろうか? 面白いだろうか?

そして彼らが若手医師に外科手技を教えることはない。教育はしないのである。天才である彼らにしかできないのだから “ブラックジャック外科手技マニュアル”や“大門未知子外科手技マニュアル”は存在しないのだ(大門未知子の有名なセリフ,“私,失敗しないので”ではなく“私,今は失敗しなくなったので”でしょうと突っ込みたくもなるが,それは野暮であろう)。

この2つの対極的な理想の医師像は突き詰めると“心か技か”という古くて新しい問題に関係してくる。少し乱暴な分け方かもしれないが,下表を見て貴方はどのような医者(具体的にはA,B,C,Dのどの医者)に診てもらいたいか考えてみてほしい。

技も心も兼ね備えた医者(左上:A)が最高で,両者ともない医者(右下:D)が最悪であることは論を待たない。誰でも前者に診てもらいたいし,後者だけはご免被りたい。それでは次にその対角線の比較を考えてみよう。B(心良好・技不良)とC(心不良・技良好)との比較である。皆さんはどちらを選ぶだろう? もちろん外科系と内科系で差があるし(産婦人科,精神科などでは特殊事情もあるだろう),実際はこのように綺麗に二分割されるものではなく,連続的に変化することも承知のうえで思考実験として考えてみてほしい。

BとCの比較なら,私は迷うことなく技量の高い医師(C)を選ぶ。特に外科手術を受けるなら絶対である。私の経験から(誤解を恐れずに)言えば“ちゃんと手術をすれば,勝手に治っていく”し,“下手な手術をすれば,いくら患者さんに寄り添ったり,配慮したりしても良くならない。内科でも一番重要な診断を間違えばどうしようもないし,最近の内科医はとても外科っぽく,技術の要求度がきわめて高い。循環器内科,特にカテーテルアブレージョンなどがその好例である。誰であれ“心臓を焼く”時に下手な人にされてはたまったものではないだろう。以上まとめてみると

つまりA>>>>>Dなのは当然だが,C>>Bも譲れない選択なのだ。

そもそも論として,医療の介入(適応)を決める際にも大きな問題をはらんでいる。B(心良好・技不良)の医師は,人を助けようとする慈愛に満ちている(彼は人格者である)ので,手を差し伸べてくれるのだが(悲しいかな)技術が伴わない。さらに悪いことにはそれには気付いていないのが常である。なぜなら自分の技量の低さを自覚していれば,人格者である彼がそれを患者に施すことはないから。つまり慈愛に満ちた(手術をしたがる)腕の悪い外科医ほど迷惑なものはないという身も蓋もない結論に至る。

Unwelcome kindness(ありがた迷惑),特に深い意味はない

細かいロジックはさておいて,私がここで強調したいのは,“医者はまず技(術),技術職なのだから当然”という当たり前の事実である。患者として“心”を求めたい気持ちはよく分かるが,医師を育てる側としては●●●●●●●●●●●この前提をはっきり認識しておかなければならない。自分の“生き様”など教えている場合ではないし,そもそもその必要もないのである。ついでに言えば生き様を教えられるような立派な医師が(極めて?)少数派なのは皆が感じていることなのだが,ここではこれは問題としないでおこう。

                             (つづく)


※TKAの手術手技に関する書籍の購入はこちらから↓

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?