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【第1回】私がnoteをはじめるワケ

阪和第二泉北病院 阪和人工関節センター 総長
格谷義徳 かどや よしのり


「思っていたのと違う」

還暦を過ぎてから,TKAの手術手技に関する本を2冊出版した。

自分の手術手技の集大成のつもりで書いたものだ。自分が色々経験してきて,今やっていることだから当然だが,「私はこうしてますが,何か?」というスタンスの本になった。やり残し感はないし,よく書けていると(自分でも)思う。それでも書いている途中に思うことは多くあったし,半年以上経った今でも色々な思いが湧いてくる。

本を書いて認められたかったのか? と自問自答してみる。書く前には漠然と「承認欲求」が満たされるのかと思っていた。考えれば,ある手術手技について単著で教科書を2冊出すということは想像していなかった。自分を褒めてやりたい気持ちもないではない。しかし実際は「思っていたのと違う」のである。良いことを書いたつもりだし,その時点では考え尽くして書いたつもりでも後になると「ああすれば良かった」とか「ちょっとまずかったな」という部分が出てくる。それに加えて,この年になっても自分も考え方や,やり方も少しずつではあるが変化する。ありきたりだが「一生勉強」なのである。

その意味で一番問題なのも自分自身になってきた。教科書で書いた部分はともかく,書かなかった項目に関しては何だが「ひどい状況」である。具体的にはさっぱり勉強しなくなってしまった。突き詰めて考えなくなったということである。コロナ禍で学会に行く機会も少なくなり,色々な症例を耳学問することも減った。そのうえ,顔を突き合わせて,ああでもないこうでもないと議論する時間が激減した。もともと,われわれ整形外科医は何か深遠なことを議論しているようで,実はほとんど何も考えていないに等しいのではないか? とひねくれた見かたをしていたが,それでも「しないよりはるかにマシ」だったのである。機会がないとわれわれは驚くほどものを突き詰めて考えることは少ない(私だけかもしれないが,たぶん違うと思う)。

アウトプットこそ,最大の学習

私にとっては「耳学問がとても重要」で「アウトプットこそが最大の学習」だったのである。皆の役に立つとかいうよりも「自分のために」人に何かを伝え続けることが重要なのだ。われわれ(外科医)は日ごろ色々なことを考えたり感じたりするが,そのほとんどは泡のようにはかなく消え去ってしまい,跡形も残らない。それを拾い集めて残しておくことはまず自分にとって重要だと考えるようになった。もちろん,それが少しでも読者の役に立つならそれはそれで幸せなことである(望外の喜びとは言い得て妙である)。

題材に関していえば,自分が書きたい物を書くことはもういいかなと思う。それは教科書の執筆で一応終了したと感じている。そのうえで「真実を書けば読んでもらえる」というのも何となくうさんくさく感じている。もともと外科手技に絶対の真実などないのである。だから読み手が欲しいもの,その業界(市場)が求めているものを先んじて発信することが一番重要になってくる。

しかし,特定の業界(市場)市場の求めている物を判断することは容易ではない。学会では「何が求められているか」はどうでもいい。何が「議論」の対象になり論文になりそうかどうかが最大の関心となる。その意味で「普通の人」が自由に参加できて,その意見が反映されるSNSの力は無双である。加えて売ることが至上命令であるメーカーの動向も参考になる。買い手にとって価値があるもの,つまり需要に目がけて投入するものが,良い商品であることは資本主義の基本であり,それは業界の種類を問わない。

先取り発信,していきます

というわけで,世間や読者(今のところ居ればであるが)の反応を見極めて必要な物を先んじて発信していきたい。発信することの価値とは,自分が他の書き手(書かない人も含めて)よりも良い商品を提供することでのみ発揮されるのであろう。だから需要のある題材をサーチして,知識を蓄積し,発酵させながら発信していきたい。結局一番大事なのは(自分の)日々の勉強なのである。皆さまには,時間のあるときに私の勉強に付き合ってくれるとうれしい。そして忌憚ない意見を頂ければとても励みになる。さらに「自分のため」の作業が,少しでもお役に立てばそれこそ「望外の」喜びである。

(つづく)

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