【第2回】TKAセメンティングテクニック-1
阪和第二泉北病院 阪和人工関節センター 総長
格谷義徳
"TKA のセメントなんて・・・"には理由があります
THA surgeonと比較すると我々TKA surgeonはセメントに関して概して"無関心" "無頓着"であったと感じています。世界中で大多数のTKAがセメント固定されるにも拘わらず,です。
その理由はまずタニケット装着下なのでセメントの圧入には問題はないと安易に考えられてきたからでしょう。加えてインターフェースが平面なので,Radiolucent Lineが非常に見えにくい(容易に隠れてしまう)事も大きな原因と考えています。例えば脛骨コンポーネントにキールがある場合は観察出来る部分は非常に限られたものになります(図1左)。大腿骨側についても正面像ではインターフェースは全く写りませんし,側面像でもPS型であれば遠位端を中心にBox構造が妨げとなり,観察できる範囲は極めて限られてしまいます(図1右)。
ですから我々の"TKAのセメントなんて・・・"には,"めったに問題にならない"事に加えて結果が"見ようとしても見えない"という致し方ない面もあるのです。
セメントは糊だと思っていませんか?
"インプラントはどのようにセメント固定されるのか?"というのはとても根源的で大切な疑問なのですが,実際には誤解している先生も多くおられる様です。ここでは"セメントは糊(glue, adhesive)ではない"という基本的事実をまず押さえておきましょう。
図2左に示すように非常に滑らかな金属表面に接してセメントを硬化させても,界面を引き離す力がかかれば,容易に(少なくとも弱い外力で)引き離すことができますし,剪断方向の力に対してもほとんど抵抗性はありません。
では図2中央に示すように,凹凸がある界面にセメントが圧入された場合にはどうなるか考えて見ましょう。界面を引き離す力に対しての抵抗性は大きく変化しないでしょうが,剪断方向の力に対する抵抗性は飛躍的に向上することになります。
さらに図2右のように複雑な三次元形状の凹凸がある界面にセメントが圧入された場合には,三次元的に強固な固定性が得られるのがお分かりになると思います。
即ち骨セメントの固定力は,図3の如く,複雑な凹凸を持つ海綿骨に圧入されることによって達成される三次元的微細噛合(three-dimensional micro-interlock)による純粋に機械的なものなのです。セメント自体に界面を化学的に接合する作用はありません。セメントは糊として働くのではなく,圧入されて三次元的接触面積を増加させるgrout(壁を塗るモルタルあるいは瓦を固定する漆喰)として働くのだということをしっかり理解しておきましょう。
TKAでセメントミキシングシステムの使用を推奨する3つの理由
1.TKAでも(の方が?)セメントの圧入は難しい
2.セメントーインプラント界面でのdebondingが問題になっている
3.Vacuum mixingはあなた(外科医)だけのためではない
1.TKAでも(の方が?)圧入は難しい
TKAでのセメンティングはTHAにおけるそれと様相が異なる点が多くあります。インターフェースが凸面でなく平面なのでTKAでは非閉鎖性(Non-contained)の骨表面へのセメンティングとなります。これは閉鎖(Contained)空間が存在し,用手的な加圧が容易なだけでなく,インプラント挿入時にも圧力が上昇するTHAとは大きく異なる点で,TKAでのセメントの圧入は思ったほど容易ではないことがお分かり頂けるでしょう。
特にセメントの粘度が低い状態(Liquid phase)でインプラントをすると,スクイーズフィルム効果によりセメントが横に逃げてしまい,充分に骨内に圧入されません(図4左下)。そのためにセメントの粘度が比較的高い状態(Dough Phase)でインプラントを挿入した方が,骨への圧入は良いとされています¹⁾。
2.セメントーインプラント界面でのdebondingが問題になっている
骨セメントはその粘性(ねばりけ)の経時的変化の違いにより低粘性(Low viscosity),中粘性(Medium viscosity),高粘性(High viscosity)に分類されます。室温などの諸条件によって時間は異なりますが,低粘性のものは粘り気の少ないトロトロの時間が長く,逆に高粘性のものは短時間でトロトロから粘土状に変化します。図5に示すように高粘性のものの方が混ぜ合わせ始めてから使用に適した状態になるまでの時間が短く,かつ作業に適した時間(working time)が長いので,使用しやすいと言えます。
米国における粘性別のセメント使用頻度についても,最近低粘性が減少し,それにとって変わる形で高粘性のものが増加していることが報告されています²⁾。
そしてそれに期を同じくしてdebonding症例の報告が増加しています。その理由としては,低粘性に較べて高粘性のものでは骨へ圧入はしやすくなりますが,インプラントに塗布する前に硬化が進行してしまう危険性があるからです。実際高粘性のセメントは図6に示す様に混合後2分以上経過すると金属表面への固着力が顕著に低下します。
低粘性に慣れている術者が特に意識せずにいると2分間程度はすぐに経過してしまうので,その間に硬化が進んで,セメントーインプラント界面の強度が低下しがちになり,それがdebondingにつながるというストーリーが考えられます。脛骨トレイ下面は主に圧縮力がかかる部位であり,引き離し力がかかりにくいことに加えて,低粘性のセメントであればトロトロの状態でセメントが塗布されていたため,セメントーインプラント界面の強度が保たれて問題が顕在化しなかったのでしょう。
現実に,長らく高粘性が使用され続けているヨーロッパでは,debondingの報告は殆ど無い事から考えても,debondingの発生には術者の手技的な要因が大きいと推察されます。
セメントーインプラント界面の結合を強固にするためには骨セメントの塗布の方法が重要になります。即ち
1.インプラント表面への血液,脂肪,水分のContaminationを防ぐ(No Touch Policy)
2.混合後可及的早期(2分以内)にインプラントに塗布する
と言う二点がポイントになります。つまり粘性の低いうちに清潔なインプラント表面にセメント塗布すれば金属表面の微細な凹凸にしっかりと固定されますが,粘性が高くなったり,界面にContaminationがあったりすると結合力が弱くなってしまうのです。実際にはセメントガンと専用のノズルを使用すれば撹拌直後にインプラントに塗布することが可能です(図7)。実際のインプラントへのセメントの塗布手技は動画を参照して下さい。
3.Vacuum mixingはあなた(外科医)だけのためではない
Vacuum mixingについての現時点での知見を総合すると以下のようになります。
1.気泡の混入の防止により力学的強度が上がる
2.力学的強度の向上が長期成績の向上につながると言う確証はない
3.最も重要視すべきは医療従事者への曝露の減少である
まず力学的強度に関してはVacuum mixingすれば気泡の混入がなくなる(図8)ため強度が上昇することは疑いのない事実です。これは短期的な(タイム0,つまり硬化直後)力学的強度はもちろんですが,気泡がcrackの起点となり,それが連結して徐々に破損が進む長期的なFatigueも含めて異論の無いところでしょう。
しかしこの力学的特性の向上が長期成績につながっているかについては確たる証拠が得られているわけではありません。
それでは何故Vacuum mixingの導入が推奨されるのでしょうか? 私は一番重要視しないといけないのは,術者,看護師,麻酔科医も含めたその他の手術場スタッフへのモノマーの曝露の軽減効果だと考えています。モノマーは非常に揮発し易い溶剤で毒性があります。THAでの心血管系への毒性はよく知られていますが,その他にも呼吸器や眼の刺激,皮膚接触過敏症,頭痛,吐き気,食欲不振などが報告されています。更に発がん性も可能性は低いものの完全に否定されているわけではありません。ですから労働環境の観点から,ヨーロッパでは,最大濃度は50-100ppmに規制されています。
実際に手術場で吸引せずに手ごねした場合の濃度は10ppm程度と見積もられており³⁾,規制値よりはかなり低いのでそれほど神経質になる必要は無いと言う意見もあります。しかし本邦でのモノマー(アクリル酸メチル)の許容濃度は2ppmと定められており(日本産業衛生学会 2019)その数値と比べるとかなり高いのも事実です。これらの情報を総合すると”吸引しないで済むならそれに越したことはない”というのが妥当な判断でしょう。特に海外では妊娠中のスタッフの出入りを制限する施設もある様ですし,MMA(メチルメタクリレート)製造会社の安全性要約書には「妊娠中の女性へのばく露をさけてください」という記載があります⁴⁾。
この記載自体は有機溶媒一般に共通する注意点なのでしょうけれども,以上の状況を踏まえれば特に妊娠可能年齢女性へのモノマー曝露は決して看過できない問題だと考えます。
Vacuum mixingシステムはセメントへの接触を防止するだけでなく曝露を50-70%減少することが報告されています⁵⁾。ですからみなさんの勤務している病院でまだ手ごね(Open bowl)で”有機溶媒独特の匂いを嗅ぎながら”セメントを混ぜているなら,今すぐVacuum mixingを使用するための申請書を書くことをお勧めします。臨床成績が向上する直接の証拠があるわけではありませんし,コストもある程度(1,2万円程度)かかりますが,”手術場スタッフ,特に妊娠可能年齢の女性へのPMMAモノマー曝露の減少と健康被害の防止”は管理者として最優先すべき課題です。これを主張すれば,Vacuum mixingシステムの採用が認められる可能性は大いに高まるでしょう。
(第3回へ続く)
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