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不育症のリスク因子とは?

妊娠すると10~15%が流産となります。計算上2回連続した流産の発生率は1~3%、3回の流産は0.1~0.3%で起こります。実際には、2回連続した流産は全妊娠のうち4.2%、3回連続した流産は0.9%に発症しますので、偶発的な流産率より少し高いです(文献1)。そのため、不育症や流産のリスク因子によって流産している方がある程度いることがわかります。

不育症女性における偶発的な流産の発症率と実際の流産率
(文献1より引用)

不育症なのにリスク因子が不明なのはなぜ?

日本における不育症のリスク因子に関して、厚生労働省の不育症研究班が以前に調査しています(文献23)。その報告では、血液の凝固異常などが関与する血栓性素因が約25%、カップルのいずれかの染色体異常が4.6%、甲状腺異常が6.8%、子宮形態異常が7.8%で、65.3%でリスク因子がありませんでした。なぜこんなにもリスク因子不明の割合が多いのでしょうか?

不育症のリスク因子
(赤字は血栓性素因,文献2,3より作成)

以前にも書きましたが、流産の原因の多くは胎児の染色体異常です。

したがって、胎児の染色体異常が偶発的に続いている可能性も十分にあります。

「不育症のリスク因子」と「流産のリスク因子」がある

また、リスク因子に関しては、「不育症のリスク因子」と「流産のリスク因子」があります。不育症のリスク因子は、さまざまな臨床研究をもとに確立されたリスク因子で、流産を繰り返す可能性があります。一方で、流産のリスク因子は、流産を繰り返すほどではないのですが流産率を上げる可能性のある因子です。

「不育症のリスク因子」がなくても「不育症」であることはありうる

流産は多因子性疾患といわれることがあります。
例えば、心筋梗塞は、肥満でタバコを吸っていて、高血圧もあって、しかも冬で寒くなると、発症リスクがいくつも重なって心筋梗塞は発症しやすくなります。
そのように、「不育症のリスク因子」がなくても、いくつかの「流産のリスク因子」をもっていると不育症が発症しやすくなることがあります。
不育症の多くを占める、リスク因子不明の不育症まで治療するには、流産のリスク因子まで検討し治療することが流産予防にとって重要です。
ここから、不育症および流産のリスク因子についてそれぞれ解説します。

不育症のリスク因子

流産を経験した方は、インターネットでいろいろ調べた方も多いと思います。インターネットでは、いろいろな病気が不育症を引き起こす原因で、その病気を治療しないと出産できないかのように書いているかもしれませんが、世界で最も大きい生殖医療の学会であるヨーロッパのESHREのガイドラインでは、たくさんの報告を集めたエビデンス(根拠)をもとに、以下の因子のみを不育症のリスク因子としています(文献4)。

①抗リン脂質抗体症候群

抗リン脂質抗体症候群とは膠原病のひとつで、抗リン脂質抗体というものが体にできて血管の中に血栓を作りやすくしてしまう病気です。
通常、血管の中はすごいスピードで血液が流れています。しかし、赤ちゃんとお母さんをつなぐ胎盤はその流れがゆっくりで、血栓をつくりやすい体質ですと、胎盤の血流が途絶え流産や死産が起きやすくなってしまいます。

②甲状腺機能異常

甲状腺は喉にある臓器で、甲状腺ホルモンを分泌し、体の新陳代謝をコントロールしています。甲状腺ホルモンは妊娠後の胎児にとって、脳や神経の発達や胎盤をつくるのに非常に重要です(文献5)。ただ、胎児の甲状腺が働きはじめるのは妊娠3~4カ月頃からで、それまでは母体から移行する甲状腺ホルモンに頼っています。
妊娠すると、胎盤から分泌されるhCGというホルモンの影響で甲状腺ホルモンが一時的に低下します。そのため、前もって軽度な甲状腺異常、特に甲状腺機能低下症を精査し、必要な場合には治療しておかないと流産しやすくなります。
さらに、甲状腺機能低下症のまま妊娠継続しても、妊娠中の早産などの合併症や、出生した赤ちゃんの知能に影響する可能性も報告されているため(文献678)、きちんと精査し、異常がみつかれば産婦人科医師ではなく、甲状腺を専門とした内科の治療が必要です。

③子宮形態異常(中隔子宮)

以前は子宮奇形といわれてきましたが、現在は子宮形態異常といい、生まれつき子宮の形態が普通の子宮と異なります。さまざまな、子宮形態異常がありますが、特に流産率を上げるのは、「中隔子宮」という子宮の真ん中に壁があるものです。

④カップルの染色体異常

不育症カップルのいずれかに、生まれつき流産しやすい染色体異常をもっている場合があります。そのため染色体検査もスクリーニング検査として必要で、行う場合には必ず男女ともに検査を行い、異常を認めた場合には遺伝カウンセリングが必要です。
染色体異常の流産を回避する治療
流産を回避する治療としては、体外受精による着床前診断(Preimplantation genetic testing for structural chromosomal rearrangements;PGT-SR)しかありません。着床前診断は受精卵の一部の細胞を採取し、詳細な遺伝子検査に提出し、流産しやすい胚かどうかを確認する検査です。着床前診断は、数個の細胞から非常に細かい染色体検査を行うため、非常に高額でもちろん保険適用はありません。
ただ、カップルのいずれかに染色体異常を認めても、その後初回の妊娠で約60%、2回目までに約70%、3回目の妊娠までに約80%の夫婦が無事に出産し、その生まれた赤ちゃんの染色体異常の発生率は0.4%と報告されています(文献9)。

参考文献
1)Sugiura-Ogasawara M, et al: Frequency of recurrent spontaneous abortion and its influence on further marital relationship and illness: The Okazaki Cohort Study in Japan. J Obstet Gynaecol Res 2013; 39(1): 126-31.
2)齋藤 滋:本邦における不育症のリスク因子とその予後に関する研究. 厚生労働省 不育症班研究2010.
3)Morita K, et al: Risk Factors and Outcomes of Recurrent Pregnancy Loss in Japan. J Obstet Gynaecol Res 2019; 45(10): 1997-2006.
4)The Eshre Guideline Group on R.P.L., Bender Atik R, et al: ESHRE guideline: recurrent pregnancy loss. Hum Reprod Open 2018; 2018(2): hoy004-hoy.
5)de Escobar GM, et al: Is neuropsychological development related to maternal hypothyroidism or to maternal hypothyroxinemia? J Clin Endocrinol Metab 2000; 85(11): 3975-87.
6)Haddow JE, et al: Maternal thyroid deficiency during pregnancy and subsequent neuropsychological development of the child. N Engl J Med 1999; 341(8): 549-55.
7)De Groot L, et al: Management of Thyroid Dysfunction during Pregnancy and Postpartum: An Endocrine Society Clinical Practice Guideline. J Clin Endocrinol Metab 2012; 97(8): 2543-65.
8)van den Boogaard E, et al: Significance of (sub) clinical thyroid dysfunction and thyroid autoimmunity before conception and in early pregnancy: a systematic review. Hum Reprod Update 2011; 17(5): 605-19.
9)Franssen MTM, et al: Reproductive outcome after chromosome analysis in couples with two or more miscarriages: case-control study. BMJ 2006; 332(7544): 759-63.


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