見出し画像

SDGsという視点から、持続可能な未来の医療を考える。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を経験したことで、社会のさまざまなシステムが変わるといわれています。一つの方向性として、国はサイバー空間と現実空間が融合した「Society5.0」(※)を提唱しています。

医療も例外ではなく、ICT(情報通信技術)による変革がますます加速していくと予想されています。では、なぜ変わる必要があるのか? 最近よく耳にするSDGsというキーワードから考えてみました。

※Society5.0とは、AIやIoT、ロボット、ビッグデータなどの革新技術をあらゆる産業や社会に取り入れることにより実現する、新たな未来社会の姿。
(経団連HPより)
https://www.keidanrensdgs.com/society-5-0-jp

SDGs=2030年のあるべき姿に向けた17の目標

SDGs(エスディージーズ・持続可能な開発目標)は、2015年9月の国連サミットにおいて193カ国の満場一致で採択された、2030年に向けて世界が達成すべき目標です【1】。

「S」はSustainable(持続可能な)
「D」はDevelopment(開発)
「Gs」はGoals(目標)
を意味し、以下のような17のゴール(目標)で構成されています。

1.貧困をなくそう
2.飢餓をゼロに
3.すべての人に健康と福祉を
4.質の高い教育をみんなに
5.ジェンダー平等を実現しよう
6.安全な水とトイレを世界中に
7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに
8.働きがいも経済成長も
9.産業と技術革新の基盤をつくろう
10.人や国の不平等をなくそう
11.住み続けられるまちづくりを
12.つくる責任つかう責任
13.気候変動に具体的な対策を
14.海の豊かさを守ろう
15.陸の豊かさも守ろう
16.平和と公正をすべての人に
17.パートナーシップで目標を達成しよう

さらに17すべてのゴールを貫く理念として、「誰一人取り残さない(No one will be left behind)」が掲げられています。

これまでも貧困や環境といった個別の問題に対する目標はありましたが、SDGsは現時点で考えられるあらゆる問題を網羅。それらすべてを解決し、「経済、社会、環境」の3つがバランス良く調和した世界の実現を目指しています。

SDGsのもう一つの特徴は、すべての人が主役であること。国によるトップダウンでなく自治体、企業、学校、NPO、そして私たち一人ひとりが「自分ごと」として、実践することに価値があります。

最近はSDGsに取り組む企業や団体がマスメディアに取り上げられる機会も増え、街中でカラフルなSDGsのロゴを目にする機会も多くなりました。

ICTやロボットによって「誰一人取り残さない医療」の実現へ

SDGsで医療にもっとも関係しているゴールが「3.すべての人に健康と福祉を」です。この視点から考えると、なぜICT化が必要なのかが明確に見えてきます。

たとえばパソコンやスマホのビデオチャット機能を用いたオンライン診療は「自宅が診察室」になることで、患者にとっては「医療機関が遠い」、「出歩くのが難しい」といったハンデを緩和できます。医師からは、対面診療に比べて患者が遠慮せず話してくれるようになり、より治療に有効なコミュニケーションが取れるようになったという声も聞かれます【2】。このようにオンライン診療は物理的な距離だけでなく、精神的な距離も縮めることができるのです。

医療用ロボットの分野においては、遠隔手術の研究が進められています。これが本格的に実用化されれば、地方の若手・中堅医師が遠隔地にいる熟練医師の指導のもとで経験を積み、技能を習得することが可能になります。こうして都市部の病院に集中しがちな医療資源を全国に分散すれば、地域を問わず高度な医療を提供できるようになります【3】。

また、PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)に患者の受診歴や処方歴などのデータが集約されれば、医療機関はより一人ひとりに合った医療の提供が可能になり、重複診療などのムダも回避できます。万が一地震や津波などの災害でカルテが失われてしまった場合も、PHRのデータをもとに適切な処置や投薬を行えます。

このようにICTによる変革が進めば、「誰一人取り残さない医療」の実現に大きく近づくでしょう。しかしすぐに実現できるわけでなく、いろいろなハードルを粘り強くクリアしていく必要があります。

たとえば初診からのオンライン診療については慎重な意見もあり、疾患の種類によっては対面で診なければわからないという医師も少なくありません。また、政府はマイナンバーカードにPHRを紐付けする方針ですが、マイナンバーカードが権力によるプライバシーの侵害や監視に悪用されるのを危惧する声も上がっています。

しかしこれまで説明したとおり、ICTがもたらしてくれるメリットも大きいはずです。ここは政府任せにするのではなく、医療従事者から患者までさまざまな立場の人々が知恵を出し合いながら、ベストな方法を模索していくべきでしょう。私たち一人ひとりが、SDGsの17番目のゴール「パートナーシップで目標を達成しよう」のマインドを持つことが大切です。

医療からエネルギー・環境へ、SDGsのマインドで視野を広げる

ICTやロボットが普及すれば、それだけ多くの電力が必要になります。国内の ICT関連の消費電力量が2030 年に現在の約2倍、2050 年には200倍近くになるという予想もあるほどです【4】。

これを賄うために、従来のように海外から輸入される天然ガスや石炭、石油に依存していたら、どうなるでしょうか? 地球温暖化による気候変動や環境破壊がますます激しくなり、私たち人類は存亡の危機に立たされてしまうでしょう。

SDGsにはエネルギー・環境分野のゴールとして「7.エネルギーをみんなにそしてクリーンに」と「13.気候変動に具体的な対策を」の2つがあります。そして安定的な電力供給や地球環境を守るために、再生可能エネルギーの利用拡大を掲げています。

再生可能エネルギーは身近な自然を利用したエネルギーのことで、たとえば以下のようなものがあります。

・陽当たりの良い土地を活用した太陽光発電
・小川や農業水路を活用した小水力発電
・森林の間伐材を活用した木質バイオマス発電
・風が強い地域性を活用した風力発電

日本各地では、再生可能エネルギーの電力事業者が次々に誕生しています。そして2016年4月の「電力小売全面自由化」により、誰もが自分の意思で電力事業者を選べるようになりました。使う電気を再生可能エネルギー由来に切り替えることは、持続可能な未来への有効な選択肢です【5】。

生命と健康を守る医療機関として、健やかな生命を育む地球環境に目を向けるのは当然のことなのかもしれません。SDGsという広い視点で物事をとらえれば、こうした大切なことにも容易に気づかせてくれます。

SDGsは目的でなく「手段」として活用

これまで紹介してきたのは、ほんの一例にすぎません。まだ他にも、以下のようにさまざまなゴールにつながる取り組みが考えられます。

・性別に関係なく1人の人間として尊重される医療現場づくり=「5.ジェンダー平等を実現しよう」
・医療現場の働き方改革=「8.働きがいも経済成長も」
・ビッグデータを利活用した疾病予防や治療薬開発=:「9.産業と技術革新の基盤をつくろう」
・地域包括ケアシステムの実現=:「11.住み続けられるまちづくりを」

すでに行っている取り組みが、そのままSDGsに当てはまるケースもあるかもしれません。群馬県の産婦人科病院「佐藤病院」は2018年に医療機関としてはじめて、政府の「ジャパンSDGsアワード」(特別賞)を受賞しました。

同病院は妊娠出産に向けたプレコンセプションケアや、子宮頸がん予防を啓発するマラソン大会の開催、女性の健康についての出前授業などに取り組んでいます。こうした多岐にわたる活動が「すべての女性が健康である社会づくりに、女性の生涯にわたる専門病院として貢献」しているとして、受賞となりました【6】。

佐藤雄一院長は、このように語っています。
「最初からSDGsを目指していたわけではないが、これまでの活動を振り返ってみたら、SDGsの理念に重なるものが多いことに気づいた。自分たちが一生懸命にやってきた活動の一つひとつが、結果としてSDGsという言葉に集約されたと解釈している」【7】

最初にSDGsありきでなく、自分たちのすべきことを追求していったら結果的にSDGsと合致したというのは、重要なポイントかもしれません。まずは「地域の生命と健康を守るには何ができるか」というミッションを出発点に、それを実践するツールとしてSDGsを活用すれば、持続可能な未来につながる医療を実現できるでしょう。


(参考)
【1】国連広報センターHP
https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/

【2】「日経メディカル」2020年6月号 特集・オンライン診療が目指す未来

【3】「日経メディカル」2020年9月号 特集・手術支援ロボットは外科医に何をもたらすのか

【4】「情報化社会の進展がエネルギー消費に与える影響(Vol.1)」 国立研究開発法人科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター 資料12ページ
https://www.jst.go.jp/lcs/pdf/fy2018-pp-15.pdf

【5】「みんな電力」(株)HP
https://minden.co.jp

【6】「産科婦人科舘出張 佐藤病院」HP
https://www.sato-hospital.gr.jp/hospitalreferral/approach/2019/10/02/sdgsの取り組み/

【7】日経BP ビヨンドヘルス 2020年5月7日
https://project.nikkeibp.co.jp/behealth/atcl/feature/00003/042000097/

■著者プロフィール
長濱慎(ながはま しん)
都市ガス業界のPR誌で約10年、医療機関の省エネやBCPへの取り組みを取材し、地域の生命と健康を守る医療の大切さを認識しました。引き続き「すべての人を幸福にする医療」の実現に向けて、地域包括ケアシステムやPHRなど、新しい社会に求められる医療の仕組みを、利用者目線に立って伝えていきたいと考えています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?