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仙台市長選挙2021 選挙公約批評(全2候補者)

NPO法人メディアージでは、今回の仙台市長選挙について様々な角度から有権者が選挙を考える情報を提供するため、弊団体顧問の池亨による公約批評を掲載いたします。
当記事の内容は、弊団体の意見を代表するものではありませんが、記事公開は弊団体が筆者の同意の上で行ったものです。
なおメディアージでは、当記事の他にも候補者への独自インタビューなど、投票の参考になる様々な情報を発信しています。ぜひご覧ください!

おことわり

• 文責・著作権は、筆者(池亨)に属します。また評者の所属先にも一切関係しません。
• 本批評は、特定の候補者への支持投票を呼びかけるものではありません。
• 本批評は、公職選挙法に基づく各候補者の頒布するビラをベースに、仙台市選挙管理委員会選挙公報、各候補者のウェブサイト、新聞報道等をそれぞれに依っています。ただし、筆者の価値観や利害関心というバイアスは否定しません(客観性は目指しております)。
コンセプト
• 公約を読むにあたって、政策だけを批評するのではなく、主張の仕方や、見せ方といった面にも着目し、どうしたら有権者に説得的に政策や理念が伝わるかという側面からも批評をしています。
評価の指標
• 【体系性・整合性】
各政策が各候補者の理念に即して十分に論理的に結び付けられているか。
• 【具体性】
抽象的な理念やテーマだけでなく、具体的な政策や施策が記述されているか。
• 【プライオリティ】
なにから優先して手を付けるかがはっきりしているか。
• 【総合性】
市政を担当するにあたって、各政策分野を偏りなく取り上げているか。
• 【現状認識・分析性】
争点となる社会問題や政策課題に対して分析をくわえて政策を提示できているか。
• 【時間的視野】
短期・中期・長期の中でどのような視野を持って臨んでいるか。

(注:8月1日 10:30ごろ 一部文章の修正、追加をしました。読みやすさのための修正で、内容・文意に変更はありません)

★概観:「公約」を位置づける市政と選挙の状況を規定する

今回2021年の仙台市長選は、かなり特異な選挙として後世の市史に叙述されることになるのでしょう。コロナ禍という「非常時」環境のなかで目立った市政課題をめぐる争点が提示されないまま、市民の注目をもっとも浴びなかった市長選として記録に残されるかもしれません。
2017年の市長選では、国政与野党が対立する構図のなかで(野党側の位置づけで)勝利した現職の郡和子候補。その構図が市民の記憶から完全に払拭されているとは思えないのですが、今回は打って変わって事実上の与野党相乗りとなりました。地方政治の構造と「非常時」の空気の中で、その立ち位置が見失われたということになるのでしょう。
それは、前回選挙で対立した「国政与党」側(自民・公明)もまた同じかもしれません。一時、郡市長の対抗馬として、市議会自民党会派の菊地崇良市議が自民党の支持・推薦を目指しましたが、それらを受けられず、立候補を断念しました。「政策の浸透」が間に合わないということでしたが、その対立軸の設定も4年間に必ずしも十分に練られていはしなかった言うことができるでしょう(「結果論」としてではありますが)。

そのような、実質「オール市政与党化」と「争点」課題喪失のなかで、市政をめぐる黙示の「カルテル」に楔を打とうと試みた加納三代候補も、そのための「突破力」を十分に備える準備をもってこの選挙戦に臨んだとは到底いえず、主張は「民主主義の美学」(競争が必要だ)という形式論にとどまっています。
市民に課題を提示し選択を迫ることのない「儀式(セレモニー)化」した選挙。公約批評を書こうとする人間とってこれほど苦痛を強いられる情況はありません。
しかし、そうではあるものの、両候補者から提示された「公約」の分析・検討をふまえ、現状の仙台市の市政構造と市民の置かれた位置、その制度・構造的な背景や問題点を示唆しておくことも必要だと考えました。

この拙文を読まれた方が、投票という意味ある態度表明(詳しくはTOHOKU360の私の連載記事を御覧ください)を通じて、このもつれた市政構造からの「脱出口escape」を模索する一助になればと願う次第です。

さて、今回の市長選挙は、前回仙台市長選挙に出馬した4人の候補のうち、郡候補と加納(大久保)候補の二人が残った選挙戦になります。ご興味をお持ちの向きは、ぜひ前回2017年の私の公約批評も参照しながら、この批評を読んでいただきたいと思います。
以上を踏まえ、各候補の公約を、選挙公報掲載順に論評していきましょう。

 令和3年8月1日執行 仙台市長選挙候補者 選挙公報(仙台市選挙管理委員会)

「弱者重視」の痕跡は残るが、気配りで「ぼんやりーぬ公約」(菅原)化する【郡和子候補】
――「生協」路線と「全体構想の見えないコングロマリット」化との間で――

前回の選挙で「市民」イメージと「7つの重点政策」を掲げ、民進(当時)・社民の推薦と共産・自由(当時)の支持を受けて戦いを勝ち抜いた現職の郡候補。
このときの公約には「いのち」と「くらし」を守るというプライオリティがはっきり打ち出されていました。また、ここで掲げられた「7つの重点政策」は、かなり具体性が高く、また趨勢としても取り組みやすく実現性が高そうなものが選ばれていました。
この柱についてはおおむね達成されたというのがご本人の評価(2021年市議会6月定例会)です。今回はその業績評価へつぶさに立ち入ることはしません。
しかし今回「チャレンジ10」と称して掲げられた10項目にも、前回から引き続いて取り上げられている項目もあります。とりもなおさずそれは(かりに一定の前進が見られたとしても)「継続課題がある」ということです。その継続課題について、郡候補自身による一定の掘り下げは見られるでしょうか。
さらにそのなかで政策のプライオリティは維持されているでしょうか。前回不足を指摘した現状認識・分析性、総合性や体系性、時間的な見通しは、4年の任期を経て強化されたのでしょうか。これらの点に着目して、郡さんの今回の公約を分析していきましょう。

選挙公報だけでなく、郡和子公式HPやや詳細な政策(公約)が載っていますので、こちらを掘り下げてみます。
郡さんの今回のキャッチフレーズは「笑顔咲く杜の都をつくる。」
また、大見出し「CHALLENGE10」のあとにも「新たな杜の都」という言葉を付け加えています。いわゆる「マンション・ポエム」を彷彿とさせる惹句です。(「いのち」「健康」「くらし」の言葉はウェブサイト上の「ポエム」には示されていますが、選挙公報にはありません)。
プライオリティをもっとも示すはずのキャッチフレーズが、形容詞を取り替えたおなじみ「杜の都」の繰り返しで、そこから喚起される政策イメージが正直に言って湧きません。

「CHALLENGE10」の内容を読むと、まず最上位にコロナ対策を掲げていますが、これは現下の状況では当然のことですし、仙台市独自で解決可能なことではありませんので、今回はこの点についての言及はしません(ただし飲食店向けのPCR検査(実施済み)については、市独自の施策として一定の評価はできるでしょうか)。
さらに①「守りたい」②「応えたい」③「育みたい」という3つのカテゴリーを用いて、1カテゴリーごとにさらに3つずつ政策の柱を置いています。

① [子ども・教育・福祉]いじめ・「不登校」、社会的孤立の防止、子育て支援
② [都市経営・都市計画]企業誘致・まちづくり・デジタルトランスフォーメーション(DX)
③ [文化政策・行政改革]防災環境都市・文化政策・「市役所改革」

前回に比べ、総合性や体系性はだいぶ出てきました。これは現職の強みでもありますね。問題はそれが現状認識・分析性を踏まえて十分に「構造化」されているかです。個別の政策に目を移してみましょう。

前回の公約でも「一丁目一番地」とされていたいじめ(自殺)対策。「いじめ根絶に向けて取り組む」とあります。理念的な「決意表明」としては了解できますが、いじめが「社会病理」である以上、意気込みや決意ではなく、「どういうアプローチの仕方が必要なのか」という「治療法」について語らなければいけませんが、これが全くできていません。一期目に取り組んできた35人学級や条例は無効果ではないにしても、自殺が予想されるような緊急の事案をどう把握しアプローチするか(漢方薬は体質改善には役立つが、外科手術の代わりにはなりません)。現在のS-KETという「相談」機関で十分なのか。他自治体(寝屋川市や世田谷区)の先進的な取り組みなども参照しながら対策を立てきれているか。やや疑問が残ります。
今回はじめて取り上げられた政策として「社会的孤立を防ぐ」は注目できます。とくにヤングケアラーの実情把握に取り組むというところは(やや遅い気もしますが)一歩前進で、福祉がフィールドの郡さんらしい個性が現れているとは言えるでしょう。
「女性・若者活躍会議」は一見よい企画のようですが、蓋を開けてみたら官製審議会のようなお膳立て出来レース的会議だった、では困ります。どれだけ実質的な市への忌憚ない意見を引き出せるか、その体制づくりの仕方も含めて厳しく見なければいけません。
保育における「令和4年待機児童ゼロ」は、今回の公約の中で唯一数値目標が上がった政策です。おそらくすでに実現見込みが高く、達成が視野に入っているのでしょうか。

つづいて。②の柱の各政策には、具体性が乏しい。現状認識や分析を経ずに、市役所(やそれを後押しする国の)既定路線の推進以上の新しいコンセプトや施策がありません。「可能性」「ワクワク」「ポテンシャル」といった言葉は何の説明にもなっていませんし、それが仙台という街の個性や実態とどう結びつくのか。インタヴューでおっしゃられていた「東京からのアクセスのしやすさ」「若者が多い」ということは単に環境に依存しているだけで、そこから「いかに」「どのようにして」を含む方向性・強化策が語られないのは残念です。デジタルトランスフォーメーション(DX)も国の施策に乗る形ですが、過去、国の肝いりで行われた東北の産業政策で成功を収めたものはほとんどありません。企業進出の実態はインフラ整備の間接効果によっているだけです。
これらの②の柱はあと付けのようにも見え、どれほどの分析を経た構想・戦略づくりがなされてきたのか疑問が残ります。ある市議会議員が「福岡市がライバル」と発言しましたが、高島宗一郎福岡市長のような構想やコンセプトづくり(例えば、高島市長は企業支援分野においては「スタートアップ支援」という重点を明確に打ち出しています)が、同じアナウンサー出身の郡さんにできているかが問われます。また街づくりに関わる市バスの経営問題のような、目の前に横たわる課題に一切言及しないのも、現職としていかがなものでしょうか(むしろDXを語るなら、こういう問題とリンクさせるべきです)。

最後の③、これも文化政策の音楽ホールと大手門再建という既定路線以外、具体性はありません。とくにハードではなくソフトの話が全く出てこないところに「取ってつけ」「生煮え」感が否めません。市役所意識改革も、その「意識」は機構に規定されているわけですから、方向性は良しとしても何らかの具体的施策を打ちだす必要がありはしないでしょうか。

こうして見てくると、郡候補本来のフィールドである①の分野について意気込みをなんとか維持しようとされているのはわかりますし、また多くの市民の関心がそこに集中する傾向がある(実は他の候補者、候補者になろうとした人も、同じ領域に焦点を絞っています)ことに、一応答えようとしていることは見てとれます。
②③といった分野は、おそらくは前回郡候補を支持してこなかった陣営の人たちの意見も配慮し、取り入れての政策分野なのでしょう。しかし事後対応・状況追随的に行政部門から上がってくる方針を追うだけに見え、独自の構想として十分に練られ構造化されていません。そもそも①②③がどういうコンセプトで統合されるのかもよくわかりません。やはり前回と同じく現状認識・分析性の浅さによるものと見えます。せっかく現職で市の総合計画を策定する立場なのに、時間的な視野も前回同様含まれませんでした。

現職の首長として、また前回選挙の支持会派が市議会では少数だったことも含め、「調停型」の市政運営を行ってきた郡候補としては、なるべく広い支持を求めるべく、気を配った結果と言えるでしょうが、焦点はぼやけてしまいました。「CHALLENGE」を掲げながら、何にチャレンジするかの目標が全体として明瞭ではないのです。前回の菅原候補と同じ「ぼんやりーぬ公約」化(保守化)が進んでいると見て取ることができます。
当初無投票になりそうな見込みだったことや、コロナ対応に忙殺され十分な時間が取れなかったことを割り引くとしても、ブレーンを周りに配することを含め「トータルで立体的な都市構想」の提示には失敗しているように思えます。もともと菅原さんと郡さんの公約は「状況対応型」であることは前回の批評で示しましたが、その二つを統合して「縮小再生産」したかたちに、筆者にはみえました。

構造改革をひっさげた「ヴィレヴァン」型から「ママたちのカフェ」化する【加納みよ候補】
――風変わりで素朴な実感主義者における公約の持続と変容――

つづいては加納みよ(加納三代)候補。衆議院議員を一期務め、前回の仙台市長選挙を含め6度目となる公職への挑戦です。前回は「チルドレン・ファースト」を掲げて戦いましたが、今回もそれをキャッチフレーズとして掲げています(なのに前回選挙公報にはあったそのフレーズが、今回の公報には載っていません。一体どうしたことでしょうか)。
今回は、ひと月前になっても対立候補が出ず無投票になりそうなところを阻止するため、民主主義の原則を唱えて立候補したこともあってか、公約自体の作り込みがやや甘いのではないかと思わせるフシがあります。
前回の私の公約批評を読んでいただければわかりますが、4年前は、どちらかといえばシビアな現状認識にもとづいて行財政改革をすすめ、新自由主義路線(民営化・民間化)、「合理化・省力化」が加納候補の公約の基調でした。今回はそれが一切鳴りを潜めてしまいました。その代わりに「憲法で保証されている国民の自由や権利」、祖父母の戦争体験を引きながら「民主主義は普段の努力で守るものだ」等の「戦後民主主義的価値」への訴えかけが目に付きます。党名に「自由-民主主義」を掲げながら、改憲を目指し国民(個人)の権利にはともすれば冷淡な自民党の元衆議員議員から、こういうフレーズが出てくるところは興味深いところです。加納候補は、おそらく素朴にこれらの価値を信じているところがあり、それが素朴な政策語りとリンクしている面はたしかにあります。

今回、「みよ(3・4)の約束」と称する(シャレでしょうか。3・4あわせて7つ)個別の政策については、前回2017年の公約とはすっかり変わっています。前回は「学校の統廃合」でしか出てこなかった教育への具体的な言及が、勢い増えました。
「宿題のいらない教育」を目指す、学校内の教育格差をなくす、が政策の筆頭。親としての実感からくるものでしょうが、教育委員会による教育行政は首長からの独立性があり、教育への介入にもなりかねませんから、かなり慎重に取り扱われる必要があるでしょう。教育への実感から賛成する親世代も、一部では出てくるかもしれません。
加えて学校への「民間活力」の導入。この辺が前回の公約にあった新自由主義的「民活導入」観が引き継がれているところかもしれません。他のところでは「公設民営学校」の導入も提唱されているようです(現在、国の特区制度を利用して実際に行っているのは大阪市の中学校の一例のみ)。フリースクールや地域のスポーツクラブなどの多元的な教育への関わりは確かに肯けるところもありますが、「公設民営学校」や「公立学校への民間活力」の導入はよほどしっかり制度的な検討をしないと、本来加納候補が是正したいはずの教育格差のデメリット(家庭間ではなく、学校間の)を生む可能性もあります。その辺りの検討がなされているのか、やや気がかりです。
また社会福祉士でありながら前回は福祉への言及がなかったのですが、今回は「ひとり親家庭への支援」や「医療福祉サービスの向上」を掲げています。これもご自身のいまのお仕事や境遇を反映しているところがあるでしょうし、当事者には訴えるものがあるでしょう。

その他の記載については郡さんとかなり似ていて、スーパーシティ構想はデジタルトランスフォーメーションを進める話ですし、「芸術文化の拠点整備」は音楽ホールのことかそうでないのか判然としませんが、これも路線としては郡さんと同じ。「地場産業の活気、老舗ブランドの再構築」は何を指しているのかちょっとわかりません。というのも「地場産業」とは伝統的な地域独特の産業の集積(たとえば福井・鯖江のメガネフレームとか、茨城・結城の織物業とか、新潟・燕の洋食器とか)を意味しますが、仙台でそれに相当するものはなんでしょうか(仙台箪笥、仙台平や埋れ木細工などがありますが、規模が小さすぎて、伝統工業ではあるものの、現状「地場産業」と言えるほどの規模ではありません)。
こうしてみてくると、やはり筆者が前回指摘したことが、今回もまたそのまま当てはまる気がしてしまいます。すなわち、「どうも目前でみた(実感している)ミクロな出来事に、いきなり自分の問題意識を性急に当てはめている傾向があるのではないか。」この点は変わっていないようです。それが、自由主義や民主主義に対する素朴な信念と結びついているということなのかもしれません。

具体性と整合性はごく一部に限って高いが、体系性・総合性は薄く、ただしプライオリティは明確。時間的視野はなし。この傾向も前回とは大きく変わっていません。
前回は他候補との違い、それもかなり尖った政策提示で、小売店に喩えるならヴィレッジヴァンガードと書きましたが、今回は違いの置きどころがあまりに局所的な一部のみで分野としては郡さんと近いベクトルです。子育て中の自分の実感を伝えられる範囲のことに集中していて「ママたちが集まるカフェ」になったと見るべきでしょうか。

補論:「スピードアップ!仙台」【菊地崇良氏】は失速?

さて、これで今回立候補している二人の候補については論評し終えたのですが、本記事ではもうお一方に登場していただきます。途中まで立候補を模索しながら断念した、菊地崇良氏です。
もちろん選挙公報には載っていません。出馬を模索していた当時の政治団体のウェブサイト(スピードUP! 仙台)がありますのでこちらを御覧ください(これを、公約とするはずだった菊地さんの政策とみなします)。

簡単にふれるに留めますが、政策提示としてはうまくいっていないと筆者は判断しました。第一に「どうすればスピードアップ可能」か、その処方についての言及がないのです。「遅い!」と危機感だけは煽っても、では「そのスピードアップをどうやって担保するのか」が示されないのです。
コロナワクチンについては、仙台市以上に、国の供給体制の見通しや制度設計の甘さが公になった今となっては、自民党に所属していた菊地さんはどう考えられているのか、興味深いところです。
それを差し置くとしても、こういう提案はできたはずです。これも事例を福岡市に取ってみると、介護事業者を優先するなど市独自の接種優先順を掲げていました。
仮に政策の横取りで実績にされることを嫌って、そういう提案を公にしなかったのだとしても、郡さんよりもいち早く提議したという事実はアピールできたはずです。しかし残念ながら、そうしたアピールの形跡を見つけることができませんでした。

第二に、それでは「不十分」だという指摘は、代替、あるいはより効果の高くなるアプローチやモデルを示さないと、あまり決定的な批判にならないということです。
郡市長の実績とされている「35人学級」ではいじめの解決にならない、と菊地さんは市議会でも指摘していました。しかし郡市長に「35人学級」によっていじめの認知件数があがった、と反論されています。教育学者の内田良さんが指摘しているように、他都道府県のデータを見ても35人学級の導入後ではいじめの認知件数(発見しやすさ)が増えることは知られています。喩えるなら、それで急性の病巣を取り除けるわけではないが、疾病発見や体質改善に役立つことは確かだとすると、それを否定する必要はなく、では急いで病巣を取り出せるようにするために診断の取っ掛かりと外科手術の治療法をどう出すか、菊地さんはここについて論じる必要があったのです。
これでは問題解決のアプローチを適切に捉えとらえていない、為にする議論だと取られてしまいます。

他の政策の柱、子育て・福祉・企業支援といった点でも、菊地さんと郡さんの柱となる政策分野は丸かぶりで、「危機感とスピードアップ」だけを訴え、そのアプローチの違いが見た目には分からなかったこと、これが政策の浸透しなかった原因ではないでしょうか。率直に争点設定に失敗したと筆者には見えました。
この公約批評における各指標を用いてみても、すべての要素に欠けています。「スピードアップ」では、プライオリティが政策分野の方向性や重点を示さず抽象的過ぎますし、具体性も何らかの実現すべき/しうる施策について述べられていないので、ないも同然です。

★総評:「相乗り化する地方政治」の隘路と選挙公約

以上、各候補(と候補たり得たはずの人)の公約(政策)について見てきました。前回に比べても、政策分野での方向性の違いについて個性が見えづらく、コロナ対策はともかくとしておおよそ、教育、子育て・福祉といったところが目玉に上がっています。また議論を呼びそうな現状の市政課題(市バスの赤字体質・ガス局売却・音楽ホール建設、中心市街地の活性化等々について)の言及と深掘りがあまり見られなかったことも共通しています。
どうしてこうなったのか。現状の地方自治体の政治構造を振り返りながら、前回からの選挙の経緯を追うことで、この現象を位置づけることにしましょう。

まず、基本的な事柄を押さえておきます。国政においては議院内閣制(責任内閣制)がとられています。衆議院で多数を占めた政党によって内閣が構成され、執政を担当する内閣は議会に対して責任を負っているという関係。すなわち議会での多数派が執政(行政)を担当するという仕組みになっています。そして小選挙区を主体とした選挙制度によって二大政党の競争を念頭に置いた仕組みが作られています。
これに対して地方自治体はそうなっていません。二元代表制と呼ばれる、首長と議会がそれぞれ別の選挙で選ばれ対峙している仕組みだからです。そして首長(仙台市長)はかなり強い権限を持っています。議会は条例の議決などはできますが、予算を編成する権限を持ちません。
したがって、しばしば言われるように「与党と野党」という構図は、本当は地方自治体では成り立たないのです。市政運営について全体として、とくに予算配分に強い権限をもつ首長(市役所トップ)の座を自分の所属する陣営がどう射止めるか、首長=市役所行政組織との関係をどう維持するかが、地方議会の政治家にとっては重大な関心事となります。この関係を失えば、地方議員は自らの支持基盤となるコミュニティへの利益の分配や還元を誘導する手段を失うことになります。その危機感と対立構図が、前回選挙の盛り上がりの要因のひとつだったことは間違いないでしょう。

そして、前回2017年選挙で国政野党陣営の郡さんが当選。国政与党陣営は相当に危機感を抱いたはずです。首長が全市民の代表である以上、われわれの意見も汲むべきだという要求は当然強くなります。郡市長最初の市議会代表質問では、この点を念押しするものが非常に目立ちました。
かたや郡市長も、いくら絶大な権限があるとはいえ、条例・予算・人事について市議会の議決や同意なくして円滑に市政を進めることができません。出発時は議会では少数派の「市政与党」。当然、多数派の「市政野党(国政与党)」にも配慮しなければならなくなります。
2019年の市議会選挙でもこの「ねじれ」は変化しませんでした。国政と違い、区ごとの「大選挙区制」をとる市議会議員選挙では、二大政党に収斂する仕組みはなく、市全体の政策パッケージを作ろうとする、国政に準じた政党の凝集性は確保されません(政党システムをつくる選挙制度の国と地方とのねじれ。この点を問題視している政治学者は多くいます。大都市や都道府県では比例代表制や小選挙区制を導入すべきだという議論が多いのです)。
くわえて、大選挙区の議会選挙で、国政野党の体力が弱い(一強多弱)の状況であると、潜在的な支持得票はあるのに候補者を出せず、一人あたりの得票が多いのに議席は少ないという結果になります。前回2019年の市議選では、郡さんの母体(民進党の流れをくむ)、立憲民主党の候補者がトップ当選だった区は多いのですが、自民党を凌駕するほどの議席は得られませんでした。また、自民党の議員にしても、政党の凝集性よりも自分を「個人名」で支援するコミュニティを当てにせざるを得ないのですから、市長との対決構図をとり切れないままなのです。

まとめると、

① 国と地方との統治制度や選挙制度のあり方の違いによって、地方政治での首長と政策をパッケージ化しまとめる役割を果たす政党との関係が流動化しやすい。
② 支持政党がどこかに関わらず、首長は市政運営(支持調達)のため議会議員のなるべく多数を包摂しようとする。
③ 議員のほうも地域コミュニティの支持者への利害誘導を図る上で、強い権限を持つ市長(市役所)との関係を重視する。

この3つの要因によって、事実上の「相乗り」状態が出来上がるというわけです。新人では党派色を出していても、当選して期を重ねるにつれ相乗り化が進むのはこうした所以です。奥山前市長も、2009年の新人立候補では民主党・社民の支援を受けて出馬しましたが、現職としては相乗り化していきました。

つまりこのことが、郡さんの公約の方向性を妥協的に動かした要因です。それは個々の政治家の意図を超えた「仕組み」の為せる技だったともいえます。
せっかく市全体を視野に入れた、争点めぐる政策競争をしようと思っても、その競争を促す制度的・システム的な枠組みがないこと、これが本当の問題であるといえます。
ただ、こうした傾向には、公開の場での政策競争でではなく、政治過程・政策決定過程が表にみえにくくなり、個々の政治家の勢力関係で決まりやすくなるという弊害があります。いわば市政をめぐる「カルテル」ができてしまう。これは警戒しなければいけません。

もうひとつ、政策の方向性が似通ってしまったことについても触れます。
政治家は自分の得票を最大化するために、多くの有権者が反応するような政策を求めます。それが、(今回は)教育や子育てをめぐる争点だったと、候補者たちは見做しているということです。しかしその掘り下げが十分でないと、有権者の選択肢としてはわかりにくく、似たりよったりに見えてしまうでしょう。
 もしこれに楔を入れようとするのであれば、それなりの見地――現状に対する鋭い分析眼を持って政策を提示できる地方政治家がでてこなければなりません。残念ながら、今回そういう見地を匂わすこのとできる政治家に出会うことはできませんでした。

公約批評

さて、ここまでの評価は、「あくまで評者からみた、それぞれの要素での説得力の強さ」ですので、点数化はできません。またもちろん各候補者の「人格の素晴らしさ(ダメさ)」とはまったく関係ありません。基本理念の是非も価値判断の問題ですから、比べられません。 前回と同じく、大事なことは、候補者を問うことで自らが仙台市のあり方についてどう考えているのか、を自問することです。投票の判断はその先にあります。
これを読んで「そうだ」と思ったひとも、「いいや違う」と思ったひとも、その感想がなぜ、どんな理由から生まれたのかを考えてみることで、最終判断の一助になれば幸いです。 (池)

「自己がすべてである。他はとるに足りない」これが独裁政治・貴族政治と、その支持者の考え方である。「自己は他者である。他者は自己である」これが民衆とその支持者の政治である。これから先は各自が決定せよ。 ――シャンフォール 『格言と反省』
*池亨(いけ・とおる) 1977年、岩手県一関市生まれ。埼玉県で育つ。宇都宮大学教育学部社会専修(法学・政治学分野)、東北大学大学院情報科学研究科博士前期課程(政治情報学)を経て、東北大学大学院法学研究科博士後期課程満期退学(政治学史・現代英国政治思想専攻)。修士(情報科学)。現在、㈱日本微生物研究所勤務。これまでに、宮城県市町村研修所講師(非常勤)、東北工業大学特別講師ほか。著書に『新幹線で知る日本』(天夢人刊)。

2021仙台市長選挙立候補者に関する情報をもっと知りたい方は

本記事はあくまで「公約批評」です。各候補者の人柄などは評価対象に含まれていません。
これまでメディアージ・TOHOKU360が発信してきた情報が網羅されている特設ページも合わせてご覧ください。

メディアージ 2021年仙台市長選挙特集
TOHOKU360 仙台市長選特集2021
8月1日(日) 19:30からYoutube Liveでライブ配信「仙台市長選の開票を見届けよう!【まつりごと〜政治を身近にするインターネット番組 in 仙台】」

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