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男の娘に救われていた話

東京は巣鴨にある大正大学にて学ぶ、
表現学部の学生の日々を綴ったシリーズです。
今回のテーマは【通学】

西巣鴨・板橋・庚申塚など
最寄駅が多彩な大正大学。
一人暮らしの学生はもちろん、
首都圏出身の学生も多く通っています。

バス、電車、徒歩、路面電車まで
通学方法も、かかる時間もそれぞれです。
今回は都内実家暮らし学生のケースです。

乗り換え、めんどくせぇな……。

僕の通学はこの一言に尽きる。
いや、もう一言くらいはあっても良いかもしれない。
ただ、あったとしてもネガティブな言葉しか出てこないだろう。
それくらい、僕は通学の時間が嫌いなのだ。

……通学の時間というよりは乗り換えが嫌いと言ったほうが適切だろうか。
もっと言うなら、乗り換えのときに通る道、か。
とにかく、長いわ階段が多いわで面倒極まりない道が、僕は大嫌いなのだ。

嫌いすぎて、電車から降りてすぐに反対方向の電車に乗ってしまおうかと思うこともある。
思うことも、というか実際に口に出すことも多い。
僕は近くに住んでいる友人と一緒に大学まで行くことがあるのだが、乗り換えを前にして二人とも「まだ引き返せる」「ここならまだ帰れる」なんてことを話しているのだ。
二人とも(つまりは僕も)、とっても、それはもうとーっても真面目な学生なので、言うだけ言ってサボることはないのだが。

そんな道を何度も何度も歩いていると、なにか面白いものでも見つけないとやってられなくなる。
通学路が嫌で学校に行けませんなんて言っても許されるはずがないのでね。
そんな訳あって気を紛らわせるようななにかを探していた二年生も半ばに差し掛かったある日、件の友人が地下鉄の通路の壁にある一つの掲示物を指さした。
そこには赤い服を着た女の子のイラストが描いてあって、その横にはハートの枠の中に「いつも車内マナーを守ってご乗車いただき、ありがとうございます。」と文字が配置されていた。

件の掲示物

何の変哲もないマナー系のポスターだ。一体なにが面白いのか。
疑問符を浮かべながら友人の次の言葉を待つと、彼はこう言った。

「……あれ、実は男の娘なんだよね」

天才だ。
あまりの衝撃に僕は大きな声を出して喜んだ。
あのイラストにそんな見かたがあったなんて。
もちろん、公式の見解があるわけではないし、イラストレーターがそのつもりで描いたかどうかなんて分からない。
おそらく、女の子を描くようにとの発注に沿って描かれたものだろう。
しかし、そんなことは関係ない。どう見たって女の子のイラストでも、男の娘である可能性が完全に否定されない限り、僕たちがあれは男の娘だと思って見ればそれは男の娘なのだ(過激思想)

一応、言っておくと僕は別に男の娘属性が好きなわけではない。
友人なんてむしろ好きではないと言っているくらいだ。
それなのに、そのときの僕たちは冗談で言った「あれ、実は男の娘なんだよね」をさも真実であるかのように扱って、毎日ポスターに挨拶をする(通る度に「あっ、男の娘だ! チッスチッス」と言っていた)くらいには楽しんでいたのだ。
長い乗り換えの道のりの中盤にあったおかげでそこまで行って「引き返すか」とは言えなくなる効果もあり、僕たちは無事、学校に通うことができるようになったのだ。
男の娘万歳! 感謝!

……しかし、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。相変わらず乗り換えの道のりは長いままなのに。
いつだったか、長期休み明けにいつも男の娘がいた場所に行くと、そのポスター枠になにも掲示されていなかったのだ。
「脱走!?」
んなわけない。でも、なぜ消えてしまったのかは分からなかった。
その後も他の駅にはあったのに……。
後にその枠になにか他のものが掲示されたわけでもなかったのに……。

悲しみに暮れる日々、男の娘を失ってしまった僕は、未だに代わりとなるものを見つけられていない。
だから僕の通学は「乗り換え、めんどくせぇな……」の一言に尽きるのだ。

・・・

書いた人:いしころ
表現学部 3年
情報文化デザインコース(文芸)

最近は通学中に音楽すら聴かなくなりました。虚無を摂取。栄養はない模様。

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