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生まれた日

小さい頃からずっと  この一日がただひたすらに嫌いだった。
「おめでとう」って言われるのが苦しかった。

自分が生まれた日なんて何もめでたくない。
この日がなければ、この後の日々もなかったのに。
そうやって思ってた。現在進行形で、今もまだこの気持ちはあるんだとも思う。

20年前に双子の妹として産まれた。

自分に向けられる冷たい空気に気づいたのいつだったのかな。はっきりとは思い出せない。

でも自分が求められてないことなんて嫌でも思い知らされた。

だって 横にいる子はちゃんと愛されてたから。
求められて、ちゃんと居場所がある子だったから。


小さい頃は、どこかで無理かもしれないってわかってはいても到底その事実を受け入れられなくて、まだどこかで愛される可能性を信じてた。

勉強を頑張ってみたり、新しいことに取り組んでみたり。
とにかくちょっとでもいいからこっちを見て欲しかった。
すごいね、頑張ったね、って褒められたかった。
それが叶うことはなかったけど。

”小さい頃は”って言ったけどこれは今もかも。
まだ 心のどこかで愛されたいって思ってしまっている。

どんだけ酷い扱いをされても、親っていう事実だけは変わらなかったから。
その存在に少しでも、って思ってしまうのかな。
だからと言って今までの傷が消えるわけでもないし、今のこの状況がしんどいとも思う。
すごい矛盾だよねこれ。おかしいよね笑

嫌でも同じ家で育ってるから 両親が双子の姉に向ける親としての顔を知っていた分、自分に向けられるのがそれじゃないってことははっきりわかった。

でもその一面があるって知ってしまっていたから余計この状況がしんどくてたまらなかった。

いっその事 子供が嫌いな人達でいてくれたらよかったのに。
そうじゃなくていらなかったのは私1人だけだった。
必要とされてなかったのは1人だけだった。


だから余計かな、 この一日だけは心から笑えたことがなかった気がする。

家にいてもお祝いされるのは姉だけだったから。
「おめでとう」なんて言われたことなかったな。
同じ日に生まれて 同じ年月同じ場所で育ったのになんで。
何回考えても答えは出なかった。わからなかった。

ただただ 自分が生まれてしまって、今も生きてしまっていることを後悔するしかなかった。
どうしても死にたくなってしまうそんな日だった。

もちろん誕生日って知っててお祝いしてくれる人もいたんだけど、
それよりも生き続けてしまってることが許せなくてちゃんとその言葉たちを受け取れなかった。

素直になれなくてごめんね。

名前もそう。 ずっと嫌いだった。
親からもらった唯一のもの。その重い事実が、たった2文字の名前に張り付いて剥がれない気がしていた。

漢字が特に嫌いで嫌いで。
生きたくなかったし、親もそれを求めてなかったのになんでって思ってた。
この名前にしたの皮肉だったのかなーとかって、笑


でもずっと嫌いだった名前の文字をタイトルに使ってnote書いてくれた大切な人がいた。

なんでかな、ずっと嫌いで嫌いで仕方なかったのにそのタイトルの文字見て涙が止まらなかった。

その文字見るのが苦しかったんじゃなくて嬉しかったんだよね。

いつも正直な気持ち伝えてくれて、いつも支えてくれるからこの人の言葉なら信用できるって根拠の無い自信があったから。
文面なんて見なくてももう嬉しかった。

そんな人がさ、ずっと真っ暗で希望なんてなかった日に予定をくれた。
そんなに幸せなことないと思うんだよね。

初めて、心からこの日が楽しかったって言える。
ほんとにずっと一緒にいるだけで楽しくて幸せだった。

「お誕生日おめでとう」
「生まれてきてくれてありがとう」
この言葉たちがこんなにも自分の中に届くと思ってなかった。
別れ際に抱きしめられてすごいあったかかった。嬉しかった。

この言葉たちが嬉しくて泣いてしまうなんて正直信じられない。
でもそれぐらいまっすぐな言葉のように思えたから。

エスパーでも魔法使いでもないから、言葉の真意なんて分からない。どんな意味が裏に含まれてるのか、とか。予想はできても答えまでは分かるわけがない。

でもなんでだろうな。
なんの含みもなくこの言葉たちを伝えてくれる人だってわかってたから。
疑いや勘ぐりなんてひとつもなく受け入れられたのかな。

ほんとに忙しい中時間をくれてありがとう。
そばにいてくれて、隣で笑ってくれてありがとう。
今日も、色んな話をしてくれてありがとう。
優しい言葉をありがとう。

ほんとに伝えきれないぐらいのありがとうと好きしかない。

忘れられない一日をくれてありがとう。

また 次会えるその時まで一緒に頑張っていこうね。




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