白崎めだか

元書籍編集者/ライター。ときどき出戻り。作品を通して、さまざまな人生を垣間見るのが好きです。▶︎夫のアカウントもぜひ✍︎ https://note.com/___iwaku

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最近の記事

《短編小説》ディレクターズ・カット

 再生時間0:00。  映像は、微笑ましい学芸会の一幕からスタートする。  小さなシンデレラが、鐘の音に急かされながら走る。少し遅れて、王子役の男子が後を追う。ガラスの靴を落とす場面だ。 「おうじさま、こっちにこないで。どうか、わたしのことはわすれてください」  たどたどしく台詞を読み上げる7歳のお姫様、佐村木美優。色素の薄い肌と髪に、ふわふわした水色のドレスがよく似合う。懸命に走るがドレスの裾を踏んで転んでしまい、どてっ、という音とともに客席から笑い声があがった。泣き

    • 《企画/ショートショート》全力で推したいダジャレ

      「やだ!どうぶつえんがいい!」 「どうぶつえんがいい!」  奮発して取った星付きホテルの客室に、二人分の泣き声がこだまする。暴風雨に荒れる絶景を横目に立ち尽くしていると、夫が「やっぱり臨時休園だって」と携帯片手に戻ってきた。今日は子どもたちの希望で、動物園の一日ツアーを予約していたのだ。代替案の屋内プールはぞうさんの魅力には及ばないらしく、並んで泣き続けている。  初の家族旅行を、楽しい思い出にしてあげたい。なだめるべく子どもたちの目線にかがむ--と、同じくかがんだ夫が前

      • 《短編小説》ブルーアワーに手を振って

        Illustration by ノーコピーライトガール  2月12日、午前5時58分。木造の駅舎はきのうの雨で湿り、雨漏りを受けたバケツが置きっぱなしにされている。単線のホームでは雑草がのびのびと繁殖していて、コンクリートの部分が年々減っているような気がする。  駅舎にもホームにも、私以外誰もいない。遺跡に取り残されたみたいだと思う。その遺跡に、おもちゃみたいな1両編成の電車が入ってくる。  慣れない様子で運賃箱での精算を済ませた3人組が、大荷物を持ってどやどやと降りてき

        • 《企画/連作ショートショート》「立ぽうたい」のおもい出

          「立ぽうたい」のおもい出   二年三くみ かた山 あずさ  わたしの「たからもの」は、年ちょうさんのときにママがくれた、ちょ金ばこです。  ある日、わたしはブタのちょ金ばこをおとして、わってしまいました。ママにたくさんおこられました。でも、しばらくしたら、かわいいシールがいっぱいはってあるちょ金ばこをくれました。ママは、「このちょ金ばこは、かみでできてるからわれないよ」といっていました。  ちょ金ばこは、サイコロみたいなかたちです。おととい、四年生のおねえさんが、そういうか

          《企画/連作ショートショート》立方体の思い出

           コーヒーに角砂糖をいくつ入れるか。  それだけのことすら聞かれなくなり、2年が過ぎた。  下らないこだわりかもしれないが、私はコーヒーを飲むならその日のメニューや気分によって違う味を楽しみたい人間だ。かつてはアレンジに協力的だった妻も次第に面倒がるようになり、インスタントコーヒーが出てくるようになって久しい。  薄いコーヒーを一口啜り、カップが古びていることに気づく。--新婚旅行で買ったものだ。  土産物屋に並んでいたのを妻が気に入ったが、値が張るからと諦めた。それをこ

          《企画/連作ショートショート》立方体の思い出

          《短編小説》不香の花

           色らしい色のない病棟の中庭に、鋏の音が響く。  ぱつん、ぱつん、と断ち切られ、石畳に落ちる枝。「忌み枝」を剪定するのだと、祖父が生前言っていたのを思い出す。  ただ純粋に生きているだけでも、忌むべきものと判断されれば終わりは一瞬で訪れる。選ばれし枝葉の未来のために。誰もが美しいと認める風景のために。 「よう、死に損ない」 「……生き残りと言ってくれないか」  振り返ると、やはり彩りに欠ける男が見下ろしていた。至近距離の気配にすら気付かないとは、車椅子生活で勘が鈍ったかも

          《短編小説》不香の花

          《短編小説》いつかの春に

           枯れ葉混じりの風が渡り廊下を吹き抜ける。  咄嗟に押さえたスカートの裾が、冷えきった脚に擦れて痛い。  受験シーズンを間近に控えた校舎は人気も少なく、女子達の甲高い喋り声も、運動部の喧騒も聞こえない。びゅうびゅうと吹き荒ぶ風の音に、トランペットの音色が微かに混ざっているくらいだ。吹奏楽部の真面目な部員が、卒業式に向けて個人練習でもしているのだろう。  あと1ヶ月。たった1ヶ月しかない。昨日、どこかで早咲きの桜が開花したという。凍りつくような寒さだから油断していた。春は、

          《短編小説》いつかの春に