民法 問題16

 Aは、自己所有の甲建物を期間3年の約定でBに賃貸する旨の賃貸借契約(以下、「本件賃貸借契約」という。)をBとの間で締結し、その引渡しも行った。本件賃貸借契約に伴い、BはAに対して敷金として100万円(以下、「本件敷金」という。)を交付した。
 この事実を前提として、以下の(1)及び(2)について解答しなさい。なお、各設問はそれぞれ独立した問いである。

(1)  Aは、本件賃貸借契約の締結から1年後に、甲建物をCに対して売却し、AからCへの所有権移転登記手続も行われた。その後、本件賃貸借契約が期間満了によって終了し、Bが甲建物を明け渡した後、Cに対して本件敷金の返還を求めることができるか。予想されるCの反論を踏まえながら論じなさい。なお、Cは、BがAに対して交付した本件敷金をAから受け取っていないものとする。

(2)  Bは、本件賃貸借契約の締結から1年後に、Aの承諾を得た上で、甲建物をDに対して期間2年の約定で転貸し、これを引き渡した。ところが、その後間もなくして、Aは、自身の老親の居住用として甲建物を使用する必要が生じたとして、Bとの合意により本件賃貸借契約を解除した。AはDに対して甲建物の明渡しを求めることができるか。予想されるDの反論を踏まえながら論じなさい。

※平成27年度弁理士試験


第1 問(1) 
 Bが、Cに対して敷金契約(622条の2)に基づく敷金返還請求をなし得るためには、Cが敷金返還債務を負っていることが必要となる。
 この点について、Bは、Aとの間で甲建物をを目的とする賃貸借契約(601条)を締結するとともに、Aに敷金を差し入れていることから、敷金契約の当事者はAであるのが原則である。
 そこで、Cとしては、右原則を主張してBへ敷金返還債務の支払いを拒むことが考えられる。
 もっとも、Aは、賃貸目的物である甲建物をCに売却していることから、甲建物の所有権の移転に伴い賃貸人の地位及び敷金契約上の地位もCに移転することにならないか。
1 敷金の趣旨は、賃貸借関係から生じる賃借人の一切の債務を担保する点にある(622条の2第1項)。とすれば、敷金は賃貸人のための担保として賃貸人の地位に密接に結びつくものであり、随伴性を有する担保権と同様に解し得る。
 そこで、旧賃貸人に対する未払賃料分につき控除した残額に係る敷金は、賃貸人たる地位の移転に伴い、新賃貸人に当然に承継されると解する。
2(1) そして、賃借権が対抗要件を備えている場合、明渡請求をすることができない以上は賃料請求だけはしたいというのが目的物の譲受人の合理的意思といえるから、特段の事情がない限り、所有権の移転に伴い賃貸人たる地位の移転も当然に譲受人に移転すると解する。
 また、賃貸人たる地位の移転は債務引受けの性質を伴うものではあるものの、特段の事情がない限り、賃借人の承諾は不要と解する。なぜなら、賃借人の使用収益させる債務は所有者であれば誰でもなしうる没個性的債務であるから、賃貸人が誰であるかは通常問題とならないし、賃借人の承諾なしに当然に承継することは賃貸借契約を望む賃借人に通常有利といえるからである。
(2) 本件において、Cは甲建物の「引渡し」(借地借家法31条1項)を受けており、賃借権の対抗要件を備えていた。したがって、特段の事情がない限り、当然にCに賃貸人たる地位が移転する。
3 もっとも、賃借人の関与なくして賃貸人たる地位の承継を認める以上、賃借人の賃料の二重払いの危険を回避する必要がある。
(1) 賃貸人たる地位の移転が所有権の移転と密接に関連するものであるから、所有権の帰属を決する登記の具備により賃貸人たる地位も主張できると解することが賃借人にとってもっとも明確といえる。また、同時到達の危険がある通知よりも基準の明確性を確保できる。そこで、賃借人に対して賃貸人たる地位の移転を主張するためには所有権移転登記を要し、かつそれで足りると解する。
4 そして、敷金の上記性質からは、契約終了後明渡しまでの間の賃料相当額の不当利得ないし損害賠償についても担保する趣旨であるといえるから、敷金返還請求権は明渡時に発生する(622条の2第1項1号)。本件では、BはCに対してすでに甲建物を明け渡した後であるから、敷金返還請求権は発生している。
 また、Cとしては、旧賃貸人であるAから敷金が承継されていないことを理由として支払いを拒むことが考えられるが、前述のとおり敷金契約は賃貸人たる地位の移転に伴い当然に新賃貸人に承継されるものであるし、右理由は賃借人Bのあずかり知らぬ事情であることから、そのことをもって賃借人に対して支払いを拒めないと解する。
5 したがって、Bは、Cに対して、本件敷金の返還を請求することができる。
第2 問(2)
 Aは、Dに対し、所有権(206条)に基づき甲建物の明渡請求をすることが考えられる。Aは、甲建物を所有しており、かつDは甲建物の引渡しをBから受けてこれを占有しているため、かかる請求は認められるが原則である。
1 これに対し、Dは、転貸借について承諾があることから、占有権原があると反論すると考えられる。そして、転貸借については賃貸人の承諾がある場合には、転借人は賃貸人との関係においても適法に占有をすることができる。
 しかし、Aは、AB間の賃貸借契約についてBと合意解除している。そして、転貸借関係は原賃貸借契約を基礎に成り立っているものであるから、原賃貸借関係が消滅した場合は、転貸借関係についてもその基礎を失い転借人は占有権原を失うと解する。
 そのため、AB間の合意解除が適法になされている以上、Cは占有権原を有しないのが原則である。
2 もっとも、Dとしては、545条1項ただし書の「第三者」として保護されるから、なおも占有権原を有すると反論することが考えられる。
(1) 合意解除は当事者間の契約であるものの、契約を消滅させる点で法定解除と同様である。そのため、合意解除であっても545条1項ただし書の適用はあると解する。
(2) そして、債権者を反対債務から解放するという解除の趣旨から、解除による当事者間の債権債務関係は遡及的に消滅する。そのため、545条1項ただし書の「第三者」とは、かかる遡及効から害される者、すなわち解除された契約から生じた法的効果を基礎として、新たに権利を取得した者をいうと解する。
(3) 本件において、転借人の地位は、上記の通り原賃貸借における賃借人の地位に依存する派生する地位である。だとすると、解除された賃貸借契約から生じた法的効果を基礎とはするものの、新たに権利を取得した者ということはできない。
 したがって、転借人Dは545条1項ただし書の「第三者」にあたらない。
(4) よって、Dの上記反論は認められない。
3 そうだとしても、AB間の合意解除は、賃借人Cの地位を不当に害するものであるから、合意解除の効力をDに対抗することができないと反論することが考えられる。
(1) この点について、賃貸借契約の合意解除は賃借権の放棄であり、権利の放棄は正当に成立した他人の権利を害する場合には許されないというべきである(538条参照)。そのため、賃貸人が債務不履行解除する状況であった場合でない限り、合意解除を転借人に対抗することは、信義則(1条2項)上許されないと解する。
(2) 本件では、Bに債務不履行はなく、Aが債務不履行解除をなし得る状況であた場合ではないから、AB間の合意解除をDに対抗することはできない。
4 したがって、Dは、なお占有権原を有するため、Aの上記請求は認められない。
以上


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