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蓄積 〜現実世界を映像世界へ再構築する〜

日常様々な状況を見て回し、形や素材の質感、光や影、時間や温度までをも空間デザインへのヒントにしてゆく。見てれば何でも作れるようになる訳じゃないけど、確実に役には立つ。

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キャラクターは著作権の問題があるから消してあるけれど長らくNHKで英語の番組として放送されていたアメリカ発信のやつ。

それがテレビ東京へ放映権が移った時に日本制作版を作るということで、そのプロダクションデザイナーとして関わることになった。

ディレクターとあーでもないこーでもないで打ち合わせした後、その世界観をプランニングしてゆく。

このコンテンツを扱う上での条件は一つで、アメリカ本国版のメインモチーフを一箇所入れること。

デザインとして見た目のニューヨークらしさは当たり前で、それとは別にスタジオセットとして大事なのは、演技のしやすさ、撮影のしやすさ、更に日本のTV撮影事情から、セットの建てやすさ、バラしやすさは絶対条件。本国のセットは30年近くNYはクイーンズのスタジオ内に建てっぱなしというから、こちら目線からいうと羨ましいことこの上ないけれど、まあそこは各国事情なので仕方なし。

それらを満たすプランを構築し、上記のようなスケッチと...

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こんな平面図を持って、再度ディレクターと打ち合わせする。

このコンテンツの性格上、アメリカ本国のディレクター兼デザイナーの人とも打ち合わせする必要があったので、図面だけ持って渡米することになったけど元々旅行好きの自分にしてみたらそんな機会は楽しいことでしかない。ただその打ち合わせ自体はアッという間にプランが承認されたことで15分もたたずに終わってしまい持て余し感が凄かった(笑)。

それからスケッチを実現化する為の詳細図面を描きおこし、大道具・装飾(小道具)・アクリル装飾・電飾・特殊効果などの各専門会社へ発注することになる。

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こんな感じの図面を描いていく。自分たちの業界が特殊なのは、今だに尺貫法を使っていること。

一間(1,818mm)、一尺(303mm)、一寸(30.3mm)、一分(3mm)

因みに上の図面の方眼は1マス1尺...もちろん文房具屋さんでは売ってません(笑)。当然定規も特殊だから、アクリルで作ろうとすると一本1万円近くかかってしまうんで、先輩に譲り受けたものとかを大事に使っていたりする。もっとも近年はCADで作業する人の方が多いから、それもそろそろ終わりの文化になるかも。

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人の大きさに合わせ、このコンテンツならではのマペット(人形)との関係性、それらが一緒に演技する為に必要な隠蔽スペースなどを数値化して伝えることと、もちろん現実に製作するものだから素材の選定や塗装色や壁紙の指定をしていく必要がある。

図面とは自分と他人を繋ぐ共通言語ってとこ。

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NYで見てきたあの風景・光景にストーリーとキャラクターをのっけて考える。実際に見たものをそのまま作るのだったら簡単だけど、それじゃあ意味がない。

自分たちデザイナーは、自分のフィルターを通してモノを表現しないといけないよね。

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実際スタジオという大きさの限られた箱の中に入れ込む世界だから遠近法も積極的に使い構成してゆく。つっても、具体的にどのくらいの遠近感を持たせるかは、まったく感覚勝負で、人に聞かれても具体的には答えられない自分がもどかしい。

とりあえずは、the 経験値 って逃げ(笑)。

これはまだ図面の一部なんだけど、実際にセットとして完成したものはというと...

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こんな感じ。

リアルとファンタジーの中間を狙った色使いとエイジング。キャラクターの原色系の色目が引き立つようにセットは若干ダーク目になっている。

先に書いた日本のTV撮影事情なんだけど、この規模のセットを一晩で建て、撮影を3日ほど、そして一晩でバラしてセットを倉庫にしまう、大体こういったスケジュールなんで、いくら工場でベースのセットを作ってきているとはいえ効率的にやっていかないと成立しないから、随所にショートカットのノウハウが詰まっている。それを全部書こうとすると一冊の本になっちゃいそうだから、今回はやめときますが...(笑)。

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遠近法の感じ分かりますかね?

演技上で人が入ることのない路地は、レンガのサイズを小さくし窓も小さくしている。小道具として吊り下げてある洗濯物は幼児用の小さいもの。

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ここに並んでいる3軒の建物はそれぞれにキャスターで動くようになっており、反対面で撮影する時はカメラスペースを広げる為に後ろへ下げたりとか、一軒引っ込めたり、90度回転させることで路地を作ったりするなど、シチュエーションに合わせた都合の良い状況を作り出せるようにしてある。

奥に置いてあるポスト、ちょっと昔の日本的なものなんですが、これが意外にも実際NYにあったものを模している。

NYの街並みで日本の子供達がわかる話しをやらなきゃいけない時に、アメリカの青いポストとか日本に存在しないものばっかでてきたら、例えセットとしての世界観がよく出来ていても観る側は混乱するばかりで理解することができないんじゃないか?

そんな疑問を持ってNYの街中を歩いてたら、あったんです、こんなのが。これだったら日本人が見ても『ポスト』です。でも、やっぱり今の子供達には分からないかな?そうなるとポストの存在自体の話になっちゃいますが。

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この建物は元小劇場(オフオフブロードウェイくらい?)だったところが今はコミュニティスペースになってるという設定にしました。古びているけど、なんとなくかわいらしい。

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公園前の路地はアメリカ定番(?)のバスケゴール。

樽、クロスのかかったテーブル、マペット演者が隠れるスペースになっている。

テーブルなんかは天板下から手を出せるよう穴が開いてたりして、そこでの芝居時には穴開きクロスに掛け替えて使用する。

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こういったフロアもセット建て込み時に毎回敷き直すものなので、クッションフロアシートというロール素材を形状に切って、それぞれの柄が塡め合うように貼っている。

よーく見るとテープで貼ってあるのが分かるでしょ(笑)。

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マンホールはデータ出力で作ったもの。

因みにアメリカ本国のセットは前述の通り日本のように建てバラしをしない為、床は全部スタジオのコンクリートベースに直接絵で描いてあります。

ところで、元々スタジオの床はフラットすぎて(当たり前ですが)、そこに普通にセットをポンと建てても『外のそれらしさ』は出辛いのですが、わざわざアンジュレーション(起伏)を作ることは時間・費用的に現実的ではないので毎回悩まされることになります。でも、この時はちょっとだけヒラメキました。

当時日本では手に入らない小道具を直接買い付けにいき、その流れでNYを散歩してる時に足元を見てたら気がついた...道端にくっつきまくってるガムの痕...

本物をくっつける訳にいかないんで、あれを出力シールにして貼り付けようと(笑)。

結構これがタッチになって良い感じになった、なってしまった...たかがガム、されどガム。

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NYでは建物の正面に目隠しされたゴミ置場が併設されてることが多い。もちろんこれも隠れるのには最適なスペース。

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花壇もウッドデッキもベンチも全て中空仕様、手が通るだけの穴が開いた板を別出しで差し替えができる。青いベンチの座面下、ウッドデッキ寸法も合わせると人が屈んで入れそうでしょ。だからベンチの足も全部塞がってて圧迫感があるとか言うべからず...。

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こういう鉄骨梁も本来斜めに吊る必要はないものだけど、左のレンガ壁が可動する為そのままじゃ保てなく、嘘でもそれらしい感じで成立させている。

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2階建てセットの裏側...実はこんなとこがキモ

いちいち2階建をキッチリ組んでたら一晩しかない建て込み時間では間に合わないので、見えないところに手間はかけない。だから作業として先に2階部分をスタジオの昇降バトンで吊り上げてしまい、それから1階部分を建てる。

こうすることで1階と2階のセットの隙間から照明バトンが下りるので照明さんも仕込み易くなることと、裏から見た隙間は表から見ればテラス的な見栄えになる為セット空間が立体的に見えてくるというオマケ付き。

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都合の悪い状況も知恵を絞ればなんとかはなる。情報・知識・経験、まずこぜしながらアイディアを具現化していく。

でも知らないことばっかだと明らかに初動が遅れるので、日常から色んなことを見ておく知っておくことで物事がスムーズに進んでゆく。これが自分の苦手だった数学を勉強しろみたいなことだったら気持ちも重いけれど、日常をちゃんと見ておこう...なんて簡単だし好奇心ももれなく湧く。

そんなことで現実世界にある様々なヒントが蓄積されて、虚像の中の実像として結実していくから面白いんだなぁ。

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