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もう「履きやすい靴」をつくりたくない

先日、社内で「靴業界をとりまく脅威」の話をしていました。
わたしはアパレル量販店に靴を納める会社でデザイナーをしているのですが、お客様からのオーダーは、ここ数年「幅広、軽量、ふかふかのクッション中敷き、柔らかいアッパー、脱ぎ履きがラク」がほぼ必須条件になってきています。

昨今、ビッグシルエットや体型カバーをウリにした服が流行っていたり、インナーなんかでも、締め付けが無く、とにかく「ラク」に身に着けることができるものが売れていて、その流れから、やはり靴も「ラクに履ける」ものが求められています。その流れはわかる。必然だと思う。わたしもここ数年スニーカーしか履いてないし。

ただ、靴業界の人間として警鐘を鳴らしたいのは、「ラクに履ける靴は足に良くない」ということ。目先の「ラク」だけで靴を選んでいると、将来、体がボロボロになる可能性があります。

「幅広、軽量、ふかふかのクッション中敷き、柔らかいアッパー、脱ぎ履きがラク」。これらは確かに、足を締め付けることなく柔らかい足当たりなので、靴に足を入れた瞬間の感覚は快適かもしれない。しかしそれで歩いてみたらどうでしょう、本当にすべての人がラクに歩けているでしょうか。

まず「幅広」
お客さんからもよく聞くけど「幅広って謳っておけば売れる」という現状、これは本当にやばいと思っていて、本当は幅が狭い足の人でも幅広靴を履いちゃって、開帳足とかになってどんどん足の骨が崩れていくという危険性があります。

幅広の靴ってたしかにゆったり作ってあるから、足を入れた瞬間は、締め付けもないしラクに履けてる気がしちゃう。でも「気がしてる」だけで、歩いてみたら靴の中で足動きまくり、足をしっかりホールドできず開帳足になり、外反母趾になり、膝、腰に影響が。。。という悪循環。もちろん本当に幅広の人はいいんだけど、そうじゃない人にはおすすめできません。

「ちゃんと試し履きして買ったはずなのに、靴がすぐ大きくなっちゃう」って人は、おそらく「自称幅広(ほんとは幅広じゃない)さん」です。靴は何回か履くと伸びます。正しく選べていれば、最初はちょっときつく感じても、足の形に馴染んで快適に履けるようになります。

そして「軽量」
確かに、重すぎる靴よりは軽い方が足は疲れにくくはなるけど、昨今は幅広同様「軽量と謳えば売れる」という風潮が加速している一面があり、もうとにかく軽くしてくれ!という要望が来る。片足150gにできませんか?とか。できないことは無いけど、それってつまり、本来靴に必要なパーツを削ったり、底の材質をスカスカにしたりして作っているので、もはや靴というかスリッパです。

底はすぐすり減るし、形もすぐ崩れる。最低限、靴に必要なパーツを使って、ある程度の耐久性なんかを確保しようとするなら200gは切れないと個人的には思う。200gでも十分軽いけど。

ふかふかのクッションも、指で触れば確かにふかふかかもしんないけど、ただのスカスカのスポンジなので、それに体重が乗ったら即ぺしゃんこ。その「ふかふか」はまやかしです。ふかふかでスカスカのスポンジより、ある程度弾力のある低反発素材とかのほうが、歩行時の衝撃を吸収してくれるのでよいです。指で押して「ちょっと固いかな」くらいで十分。

柔らかいアッパーも、足を「やさしく包み込む」けど、「足を支える」ことはできません。柔らかすぎると足の形がまんま浮き出てきて美しくないし、既に開帳足気味の人とかが「これしか履けない」になってしまうと危険。

脱ぎ履きがラクというのも、そういう謳いかたをするには、履き口がゴムになってて伸びるとか、ゆったりした設計になってるとかが多い。つまり足の甲のホールド具合を弱くしているので、歩いた時に足をしっかりホールドできませんよということなんですね。


・・・とまあ、いろいろとイチャモンをつけてきたけど、どれも全部ダメ!!というわけではなくて、自分の足を理解した上で、正しい用途に選ぶなら問題ないのです。

幅広は、本来本当に足の幅が広い人のための設計だし(あたりまえだけど)ちゃんと「自分は幅広だ」と足を理解して選んでるなら何の問題もありません。

軽量も、軽いことによるメリットはあるので、軽量自体を否定はしたくないのだけど、妄信しないでほしい。軽けりゃ軽いほどいい!ではないです。個人的には片足230gくらいで「軽量」を謳っているメーカーは信頼できるように思います。たまに「水に浮くくらい軽い」と謳っているものに出会うんだけど、正直「で?」としか思わない。水に浮くくらい軽いから、足にどうイイの?ていう。

逆に、ある程度の重みがあるほうが、歩く時に靴が振り子のような役割を果たしてくれるので歩きやすい、というパターンもあります。

(軽量化は製法や底材の配合など、企業努力で成り立っている部分もあるので一概に否定はできない)(ここは他の靴業界の方にもご意見を聞いてみたいです、どうですか?)


じゃあ結局どんな靴がいいんだよ!ってことになると思うんだけど、まずわたしが声を大にして言いたいのは

自分の足のことを正しく理解して、正しく靴を選んでほしい!!

ということ。正しく選べていればどんな靴履いてもいいと思ってます。
150gで幅広設計で、ふかふかクッションで柔らかアッパーの靴でも、ちゃんと幅広の足のひとが近所のコンビニ行くくらいの用途で履いてるなら、それはそれでいいんじゃない、というのが個人的な見解。

ただ、例えば「今日は出かけてたくさん歩かなきゃいけない」という日とか、立ち仕事や歩き回ったりする仕事に履く靴としては、上記のような靴は選ばないでほしい。

サイズが合っていて、踵がしっかりホールドされていて、適度な硬さで、足をホールドして支えてくれる靴を、ちゃんとフィッティングして選んでほしい。それを実現するには、自分の足を理解して靴選びの知識を持っている必要があるから、すべての人にその知識を身に着けてほしいと思うのです。

靴の販売員をしてたころ、「この靴小さいわ、もう一つ大きいサイズを履いてみたい」という人に限って踵がガバガバ=小さいどころか大きい、ってことが日常茶飯事でした。「歩いてみたら脱げますよ」つって歩いてもらったら「あら本当!」ってなるので、足に合いそうな形の他の靴をすすめたり、専用の器具を使って幅を伸ばして調整したり、中敷きで調整したりしてました。

つまりどういうことかというと、自分の足の特徴をわかっていない人が多すぎるということ。

かくいうわたしも、いまはこんだけ能書きたれてるけど、自分の足を正しく理解したのは靴業界に入ってから。

わたしは身長が152cmしかないのですが、ずっと「自分の足のサイズは25.5」だと思って生きてきました。なぜか。足の幅がかなり広いから、ずっと足の幅と、靴を履いた瞬間の感覚で靴のサイズを選んできたんです。案の定、靴はすぐぶかぶかになってました。

本当の足の縦の長さは22.5です。適正サイズはS、物によってはM。22.5~23.5表記の靴を今では履いています。
(足のサイズは身長に比例するので、身長152cmで足のサイズが25.5cmなんてことはまずない。)

靴業界に入って、初めて自分の足を計測してもらいました。
最初に「足のサイズ何センチ?」と聞かれ、「25.5です!身長の割に大きいんですよ~」なんつって、実際に計測してみたら「うん、22.5だね」と言われて、雷に打たれたような衝撃が体を駆け巡ったのを覚えています。笑

計測してくれた先輩に「ただ、幅がべらぼうに広い。4Eだね、ドナルドダックみたいな足だ!わはは」と言われ、そういうことだったのか〜と、点と点が線で繋がったような気がしました。笑
それ以来、自分の足の特徴を理解したわたしは、自分の足に合った靴を選べるようになりました。

中学のころなんて、ソフトボール部にいたのですが、3年間25.5cmのスパイクを履いて部活してましたからね。3cmもでかいじゃん。信じらんない。やばいよね。なんで誰も止めてくんなかったの。

でも、昔のわたしのような人って実はかなり多いんじゃないかと思うんです。でなかったらここまで「ラクちん」を謳う靴が世の中にはびこってないはず。「ラク」を勘違いしている人が多すぎると思います。

是非、シューフィッターさんのいるお店で足を計測してもらってください。
自分の足の特徴、歩き方の癖、靴選びのポイント、正しい靴の履き方を教えてくれます。どうしても抵抗がある人は、まずはZOZOMATとかでもいいです。実際に計測してもらうよりやや正確さは劣りますが、足のサイズや幅の特徴を手軽に知ることができるし、足の形に合いそうなブランドの靴をAIが教えてくれます。(わたしも実際にやってみて、社内のメンバーも試してみましたが、実際の足よりやや小さめ・細めに計測されてる気がします)

足長と足囲くらいであれば、自分で計測することもできます。

とにかくもう、靴業界の人間として、やみくもに軽量化して、思考停止で幅広にして、なんでもかんでも「ラク」にした靴をつくりたくないんです。そういう靴が売れてほしくない。けど色々な大人の事情で、そういう靴をつくらざるを得ない状況に、靴業界全体がなりつつあります。ラクな靴が売れちゃうから。

ラクな靴が売れるというのは、それもまた時代の流れなのかもしれないけれど、そうなのであれば、正しい靴選びの知識も広まってほしいし、広めていかなくちゃいけないんだろうな、それが靴業界の人間の役目なのだろうな、と感じている最近です。

コロナ禍で外出の機会が減って、ただでさえ靴の売れ行きが落ち、度重なる諸々のコスト上昇、円安の打撃をもろに受けている靴業界。みんな必死で売れるものを考えています。良くないと思いつつ、でも売り上げをつくらなければならないので、そういう靴をつくってしまうわけですね。。。そして靴リテラシーの高くない一般消費者の方は、間違った「ラク」を覚えてしまい、それが売れ続けてしまうという悪循環。。。

そのツケはきっと10年後、20年後、足に合わない靴を履き続けた結果、体に現れるのだろうと思うと、ほんとうに「自分の足を理解する」というのと「正しい靴選び」の知識が広まってほしい!と強く思うわけです。


普段わたしは、基本的にネット上では「イラストレーター」として、靴の絵を描く活動をしていますが、こういう、絵ではない「靴」に関する発信もできたらいいなと思っています。たくさん思うことはあるので、また何か語りたいことがあったら語ろうと思います。

足は第二の心臓!足に合わない靴を履き続けると、最悪、将来歩けなくなるかもしれません😭自分の足を知って、正しい靴の選び方を知って、正しく自分の足に合う靴を選んで、正しく履いて、偽物の「ラクに履ける靴」が滅んで欲しいと願っています🥲

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