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小さな話29 御伽話

小さい頃大好きな絵本があった。
男の子がお母さんと喧嘩して家を出た先で、同じくお母さんと喧嘩した竜と仲良くなるところから始まる冒険譚。
あの頃は竜はきっとどこかにいると信じて、空の雲を見て妄想をしてたもんだった。車に乗っているときに雲を見ながら小さなお話を考えるのが好きだった。もし竜がいたら、もし妖精がいたら、もし勇者がいたら、もし自分が誰かのお伽話の主人公だったら。
もちろんファンタジーな日常なんて私には待っていなくて、そのまま大きくなって高層ビルの並ぶ街を死んだ目をして歩くのが精一杯。別に日々に不満があるわけではない。それなりに給料も出るし、仕事は自分が目指していたものだし。
だけど、なぜか小さい頃の私が無性に羨ましい。
無垢な眼で御伽話を読んでいたあの頃が。

本屋に寄った。駅の中にある、流行りの本ばかり表に並ぶ本屋。
別にそれにどうこう言いたいわけではないし、普段本を読まない人にとってはそれすらも新鮮に映るのだろうし。私も近頃はめっきり本を読まなくなってしまった。あんなに本の虫だった私が信じられない。
モニターを眺めているほうが多いし、読む本もファンタジー小説じゃなくてサスペンスものばかり。好みの変化というよりも、大学生を境に私はフィクションに夢を見なくなったのだという表現が近い。
恋愛小説は夢ばかりな気がして寒気がするし、サスペンスくらいの非日常感と日常のバランスが曖昧なもののほうが楽しいのだ。

そんなこんなで暇つぶしのように入った本屋をぶらついていると、絵本コーナーの前に来ていた。ランドセルを背負うにはまだ早い年頃の子供が母親と本を選んでいた。新幹線の中で読む本でも探しているのかも知れない。
「ママ、竜がいるやつないかな。」
「竜?好きだったの?」
「うーん、ユウゴくんが竜がいるやつが面白い、て。」
「そうなの。どれがいいかな。」
母親はいまいち要領を得ないという顔で本を眺めている。子供は真剣な顔で物語を見ている。
「これ、面白いよ。」
思わず私のお気に入りだった本を指さしていた。言葉を発した後にあまりに余計なお世話だったと思い赤面をした。
「竜出てくる?」
「うん…。急に話しかけて本当にすみません…。」
「あ、いえいえ!私本を読んでこなかったものだから…。シュウくん、これにする?」
「うん!おにいちゃん、ありがとう!」
「…どういたしまして。」

笑顔で手を振る子供とどこか申し訳なさそうな母親を見送り、小さくため息をついた。
そっか、あの子にとって私は男に見えたのか。
母親は戸惑ってたから迷っていたのだろうな。
私はもうひとつのため息を飲んで、小さい頃に読んでいた海外児童文学を手に取った。
金髪のふわふわした髪の男の子が剣を片手に旅に出るお話。
ブリーチするばかりで手入れのできていない私の髪とは似ても似つかない。
ブリーチしてパーマをかけたのは20歳の頃。髪を顎よりも短く切ったのは23歳。
自分の外見に疑問を持ち始めたのは10歳。
わたしは竜と冒険に行ける男の子になりたかった。わたしは剣を片手に世界を旅する勇者になりたかった。わたしはお姫様を救いにいく騎士になりたかった。

もう少しだけ現実から目を逸らしたい。夢の中で生きていたい。
自分の将来をもう少しだけ夢と一緒に生きていたい。
絵本を片手にレジへ向かう。自由に生きている主人公でありたい。

まだわたしは私にならずにいたい。

久しぶりにファンタジーな気分になれるかもしれない。

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