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小さな話15 あいつの憧れ

(今回は、いつも違い、イラストから設定を想像し、小説に落とし込むというのやってみます…。423の素敵なイラストをお借りしています!)

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煙草を買った。私のじゃない。彼のだ。

「煙草お願い。」

「もうダメだよ。」

「最後だから。」

「本当に?」

「本当だよ。」

世間でいう一般的なダメ男。それが私の彼だ。彼は、仕事を辞めてから、酒、煙草、趣味のカメラにお金を掛け始め、もはや家賃すら払えず、私の元に転がり込んできたのだ。

「ゆりちゃん。助けて。」

捨てられた子犬のように全身をずぶ濡れにし、ドアの前に立たれた時は断れなかった。私が捨てたわけではないし、なんなら彼が彼を捨てたのに、同情してしまった。大事なものだけを詰めたスーツケースは宝箱のようだった。私が持とうとすると威嚇するように睨み、手を払われた。そういえばこの人は子供だったのだと私が二度目に思った瞬間でもあった。

「僕はね、シャーロックホームズとか、ルパン三世の次元とかね、あんなふうにタバコが似合う人になりたかったんだ。」

シャーロックと次元じゃ別物じゃんという私のつぶやきは、煙とともに流れた。大して美味しくもないくせに、一本の半分も吸えないのに、彼は吸い続ける。

こんなはずじゃなかった。ゆりちゃんごめんね。僕は、本当はこんな大人じゃないんだ。

酒を飲んで泣きながら彼は訴えてくる。私は優しいから何も言わずに抱きしめるしかないのだ。

彼が来てから私の生活は苦しくなった。当たり前だ。私もそんなにいい給料をもらっているわけではないのに、二人分の食費や生活費がかかるのだから。月に一度行っていた美容院やエステは三ヶ月に一回になり、シャンプーやリンスも量販店のものに変えた。服は彼と共有することもあるため、中性的な服装を好むようになった。食事も最低限にしたため、ほんの少し痩せることになった。

このままではダメだとわかっていた。だけど、彼を裏切るようで別れを告げることはできないままだった。

「私だって。なりたかったものがあるのに。」

お嫁さんになりたかった。トイプードルとかチワワとかを飼いたかった。レースのスカートをはためかせて、優雅にアフタヌーンティーを嗜む大人になりたかった。

今の私は。

染めて少し色落ちした赤茶色の髪が痛んでしまい、塗り替えていない単色のネイルが剥げ、寝不足で目の下のクマが黒く残っていて。

鏡に映ってるのは本当は私ではないんじゃないかと思うけど、口を開けると見える銀歯が私だとわからせてくるのだ。

「ゆりちゃん、どうしたの。」

いつまでも洗面台から戻ってこない私の元へやってくる大きな子犬は、色白の痩せ細った腕で私に縋り付く。

大きめのTシャツから覗く鎖骨が赤く、染まっていた。

気づかない振りをしたらよかったのだ。いつも通り。また騙され、頭の中のドロドロした何かを歯磨き粉と一緒に流せばよかったのだ。

鏡の中の傷んだ髪に彼が触れた瞬間に何かが終わってしまった。

「ハサミ。」

「え?」

「ハサミ、持ってきてくれる?」

「ゆりちゃん、なん」

「いいから。」

彼が持ってきた無骨な錆びついたハサミは重く冷たく、安心した。

「ねえ」

「ん?」

「明日、ここを出ていってくれる?」

「ゆりちゃん?」

「あのね。あなたが憧れてるキャラクターてね、女性にたかるようなことはしてないし、女性に優しいのよ。」

「何を」

「優しくなってよ。優しくしてよ。大切にしてよ。」

あなたに餌付けしている誰かとはうまくやってるんでしょ?

「私を大切にしてくれないなら、あなたがあなたの憧れを貫くなら、私はあなたといられない。」

「ゆ、りちゃん。」

「ごめんね、急で。よろしく。」

手の中の鉄の塊を握りしめ、傷んでしまった髪に沿わせて、勢いよく切った。

真っ赤な糸が白い洗面台に散らばって、砕けてしまった心のようでもあって。

涙を流し始めた彼をそばに私は、ベランダに出た。

ベランダに置いてた灰皿とマッチを手に取り、一本の煙草を加える。

ああ、懐かしい味。美味しい。

大学生の頃はよく吸っていたのだ。強くなりたかったから。

緑のパッケージと、桜の落ちた後の緑が似ていてなんだかおかしかった。

季節は春だ。忘れていた。

癖でかけたままの色付きのメガネを外す。お日様が苦手だからかけていたけど、今はその明るさが嬉しかったのだ。

まだ泣いている彼にコーヒーを淹れてあげよう。

だって、今の彼は、ただの泣いている人だから。可哀想だなあて。

明日の仕事が終わったら美容院の予定を入れよう。楽しみだ。

「優しい人になってね。」

彼との最後の会話はそれでじゅうぶんだ。

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