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短編小説 ep.06 -東里と美満

00. 東里(Touri)

「ねえ見てよ、あの子。死んじゃったわ。」
テレビでは、横たわった男性が引きずられて
どこかに連れて行かれている、
それを観ながら、
わたしは小さなglassにワインを注ぎ、
SNSをチェックしていく。

美満はポツりポツりと呟き始めた。
「私、無関心じゃないけど、
可哀想って思っても足がすくむわ。
日本人だからかしら。
異国の人々との交流機会が足りないからかしら。
怖くて仕方ないのよ。
今の時代また暴力が湧き上がってくることが。
どうかお願いだから、
わたしに飛び火しないでって、常に思ってる。
生きていたい、生きていたいのよ。
でも、時々怒ってしまう。
可哀想に、とか、大変だねえとかきいてると、
何を他人事のようにって。
いつか私の弟が銃を持つことになったらとか。
年寄りは要らないって殺されるかもしれないとか、最近そういうことを考えて、
ここにいることに空虚感を覚える。
何をしても、こんなことで幸せと思っていていいんだろうかって、疑問を持ち続けてる。
でも情けないわ、私も同じで無関心で。
幸せって思うことが手に届いていて、
今に感謝してる。」

美満は少し落ち込んでいる時
こうやって悲観的に喋り続ける。
常に何かに怯えていないといられないのが
人間というものなのかもしれないが、
自分が思っている心情を
もっと広い場所へ放り出してしまっても
いいのではないのだろうか、と思うのだが、
この人はわたしにだけは
こうせずにいられないようだ。
これも信頼されているというのだろうか。

「そうね、間違いないね。
私だってそう。
世界中で暴力的に治めようとする時代に
戻ってきているのを日々実感する。
私たちは助けたいって想いを持って、
現地に行くなり、日本で抗議をするなりを、
するでしょう。
でも、結局きいてくれてないんじゃ無いかって感じることが多いの。
だからと言って、誰かが殺されても同じだし。
結果は何も変わってない。
でも、忘れてはいけないの。
私たちは発信し続けていくことを
義務だと思った方がいい。
全ての人が法の上で、
そして本当であれば
何にもとらわれず平等であるべき
ということは理解しているはず。
これはHATEよ。
生理的に受け付けられない事情を
持っている人々がいる。
仕方ないの。
私たちだって、
例えば体臭が合わなかったり、
生活習慣が合わなかったりしたら、
一歩引いてしまうことがある。
そう、好みが合わないことはある。
仕方ないの。でもこれは恋愛とは違う。
いつしか感じていた愛情は、
どっかに行ってしまってるんじゃないかなあ。

暴力がいかに苦しいか、
悲しみに対して、怒りを発信し続ける必要がある。あなたの行動でその怒りはおさまったかしら、
現実を知ってもらわなければいけないのよ。
あなたの地位も変わらなければ、給料もそのまま。あるいは、殺めた分だけのお金をあなたはもらってることに気づいてないのかしらって。
世界で何に対してもHATEで無くなることは無いかもしれないけれど、気づいてもらえる手段を私たちは積み上げていかなければいけないとは思うね。」

glassの表面に付着した水滴は
持つたびにぽたぽたと落ちて、
私の左手は、ひんやりとした体温を帯びていく。

「恐ろしいわ。
私、時々戦争時の写真を見たりするけれど、
みんな眠ったように亡くなっている。
目を閉じて、あるいは見開いて硬直しているの。
恐ろしいわ。
ああ私もいつかあんな風に死んでいくのかと、
目を背けそうになる。
死人を写すべきじゃないわ。
悲しみを以て訴えるには、
あまりにも残酷よ。
生きている人々の涙を見ればわかる。
どれほどの痛みを背負っているのか、
どうか残酷に殺された人々のことを映さないであげて欲しい。そう願ってはいけないかしら。」

美満は、涙を流すこともせず、
手元にある一枚の写真を見て言った。
私、なんでこの写真をもらってしまったんだろうと後悔しているという。
一人の少女とその母親が深い眠りについている。

なんて心地よく眠っていることだろう。
花に囲まれているが、
その瞬間は痛みを伴ったのだろうか。
それとも、悲しむことも出来ずに
命を奪われてしまったのだろうか。

病はひとの心を狂わせてしまったようだ。
閉鎖されたコミュニティー空間は、
築き上げてきた平和さえ哀れ、
一気に潰してしまうのか。
マッチの火が消えるように数秒で燃え上がり、
すぐ冷めていくものと思っていたことを後悔する。病というものは憎しみと同じで、
簡単に消えてはくれないのだ。

それでも、
私は知り続けることをやめないでいようと思う。
無関心になることほど、無知なことほど、
私にとってHATEなことは無い。
ただの臆病者の人生で終わっていいのか。
悲しいようにも思う。
そういう性分で育ってしまったのだから、
もう仕方がないのだろう。

美満のことを、
悲観主義者のように言ってしまったけれど、
結局はふたりして世界の悲しみに対して
途方に暮れているなあと、切に感じるのだった。

怒りの矛先を他人に向けるな。
悲しみの連鎖の根源になるな。
その言葉が当たり前になることを願って
私は訴え続けよう。

「美満、その写真額縁に入れよう。
とっても綺麗だから。
だって、持っていてって言われたんでしょう?
大切な写真を。
写真であってもその人の魂の一部。
悲しくてもこの写真は美しいよ。
こうやって、魂が離れていってしまっても
誰かの手で美しくしてもらえることが当たり前になったら、世界は少しだけ穏やかで、死に向き合う人も増えるよ。」

そうかしら、
そう言いながらも、
美満の口角はようやく笑みを取り戻した。
わたしも穏やかに微笑み返す。

これからの生命の誕生に、
命を吹き込めるのだとしたら、
私は、自分にとって今あるべき想いを
そこに吐き出してきなさいと教えよう。

愛のある世界へ。

from. 東里(Touri)

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