ピルクルと唐揚げ

「前田、割引券いる?今日までなんだけど。1000円以上買い物でどれかひとつ15%オフ」

仕事終わり、先輩が近所のスーパーの割引券をくれた。先輩は、私が以前に「豚肉は高いから基本的に鶏むね肉で生活してます」と言ってから、ちょくちょくご飯を奢ってくれたりとかこうして割引券をくれたりとかする。何度か「私、別に生活苦ってわけじゃなくて……」と伝えたが、先輩は決まって「好きでやってるからいいんだよ」と私の頭を撫でる。うーん、子ども扱いされている気もするが……ま、じゃ、遠慮なく。

そうして今、スーパーで買い物としゃれこんでいる。Alexaアプリから買い物リストを開き、「食パン、黒胡椒、お肉……」と、小さな声で上から音読していく。

すると、目の前のお兄さんに小さな子がぶつかった。キャーキャーと大きな声をあげて走り回り、勢い余ってぶつかったといった感じだった。その子の母親とおぼしき女性は顔を青くしてお兄さんに頭を下げた。

「あ!ごめんなさいほんとに……こら!!走るなって言ってるでしょさっきから!!!」

なるほど。何度注意してもきかないお年頃か。お母さんも大変だ……と思ったその時。お兄さんが、

「元気いっぱいだね。子どもらしくていいね」

と、しゃがんでその子の目線に合わせて言った。その子は笑顔を崩さず、

「え~ぼく大人だよ。○○でもかっこいいって皆言うよ」

と言った。○○とは聞き慣れないが、幼稚園とかだろうか?母親に怒られ、知らない人に話しかけられ、それでこの対応とは中々肝の据わった子どもだ。するとお兄さんは少し笑って、

「そうなんだ、すごいじゃん。だけど君はもっと大人になれそうな気がするよ」

と言って頭を撫でた。

「大人っぽいって、なんだろうねぇ。俺には難しいな」

お兄さんはそう言って、立ち尽くすお母さんに「可愛いお子さんですね。急にすみません」と会釈して、買い物に戻った。

子どもは、少し考え込んでいるようで大人しくなった。いや、はしゃぎ回るのが「大人っぽくない」と思ったのかもしれない。

お兄さんは叱ることもたしなめることもなく、その子の暴れん坊を封じてしまった。それどころか、神妙な顔つきのその子は今大人の階段を一歩上ろうとしているかもしれない。

私はお兄さんの背中を見つめた。少しふらふらとした不安げな足取りのまま、彼はピルクルを3本と鶏もも肉を5パック程かごに入れ、会計に向かっていた。唐揚げをピルクルで流し込む日なのかな。

翌週、私は同じスーパーのお肉コーナーでうーんと悩んでいた。豚肉を久しぶりに買ってしまおうか。今日お仕事がんばったし……なんてぐるぐる考えていると、視界の端に親子を捉えた。先日の親子だった。

子どもは走り回ったりせず、大人しくお母さんの後ろを付いて周っていた。

私はもう一悩みしてから、鶏もも肉を手に取る。そしてピルクルも一本、手に取ってかごに入れた。

ピルクルと唐揚げって、合うんだろうか。

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