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気付いた

私、もしかしたら炭酸が好きなのかもしれない。
お風呂あがり、ドライヤーで髪を乾かしながらふと思った。

入浴でたっぷり汗をかいた身体が、強烈に水分を欲していた。冷蔵庫には今朝用意した水出し紅茶があったはず。

……けど。

今は猛烈にコーラが飲みたい!
いやコーラじゃなくても良い。あまーくてしゅわしゅわの何かが飲みたい。

私は、基本的に缶やペットボトルで飲み物を購入することは少ない。家では趣味を兼ねて、紅茶や中国茶を飲んで過ごす。時折お酒を買うが、決して強くないので滅多に買わない。そのため、我が家にコーラやそれに替わる清涼飲料水が無いことは確かめるまでもなかった。

ジャージを着て、200円を握りしめる。歩いて1分程の駐車場に自販機があったはず。今日はちょっと贅沢しちゃおう。

扉を開け、鍵をかけるか少し迷う。迷って、やっぱりいいかな、とそのままにした。今住んでいるこのアパートは鍵の開け閉めの音が酷く響く。以前、夜中に帰宅したであろうお隣さんの開錠の音で目が覚めたことがあった。

夜の道を歩くのは少し楽しい。いつもの道が少しだけ非日常になる。私は遠くで聞こえる踏切の音を聞きながら歩いた。

自販機に着いた。ラインナップを確認し、少し悩んでコーラを購入する。キンキンに冷えたペットボトルが私の炭酸欲をより刺激する。私は我慢できず、その場でひと口。コーラの甘ったるい味が舌に絡みつき、しゅわしゅわと一緒に喉の奥へと流れていく。ぷはーっと息を吐いた。これこれ!私が求めていたのはこれだ。ひとまずの炭酸欲が満たされた私は、ペットボトルの蓋を閉めて歩き出した。

家に着いて扉を開ける。と、

「ちょっと優季!黙って出ていかないでよ!びっくりしちゃうじゃん!」

声が飛んできた。いっけない、と心の中で舌を出す。

「あーごめんごめん。急にコーラ飲みたくなっちゃってさぁ」

「え、それでわざわざ買いに行ったの?よっぽど飲みたかったんだねぇ。あ、あたしにもひと口ちょうだい」

いいよ~と私はペットボトルを手渡す。彼女はごきゅごきゅと音を立てて豪快に飲んだ。

「ちょっと!絶対ひと口じゃないじゃんそれ!!」

「あっはははごめんごめん、いやー久しぶりに飲むとコーラって美味いね~」

「わかるけどさぁ」

私は彼女を睨み付ける。

「ごめんってば!じゃあ今度一緒に銭湯行ったときフルーツ牛乳奢ったげる!」

「仕方ない、それで手を打とう」

そう返すと彼女は現金なやつ~と口を尖らせていた。私は「確かに聞いたからね」と念を押しつつ、テレビをつけた。最近よく見る顔の若い俳優さんのドアップ。どうやらドラマらしい。

「あ、これ見ようと思ってたやつ」

彼女が後ろから声をあげた。見ていーい?と訊かれ、どうぞと答えた。私は然して興味はなかったが、なんとなく一緒に見ていた。

しばらくすると、肩に彼女の体重がかかった。どうやら寝てしまったらしい。ありゃ、疲れちゃったかねと彼女の肩を揺すった。

「こらこら、ちゃんとベッドで寝よ」

と、ついお母さんみたいな声かけをしてしまう。

「……う~ん、そうする」

彼女はのそのそとベッドに向かった。ワンルームで、ベッドが1つしかないため彼女はぐっと端に寄って横になった。こちらに背を向けて、明かりを避けているようだ。仕方ない、電気を消し

え?

あれ?

ちょっと待って。

誰?

私、一人暮らしなんだけど。

この人、誰?

背筋を嫌な汗が伝う。
なんで、何も知らないこの人を知り合いだと思ったのだろう。

逃げなきゃ、と思った。逃げるなら女が寝付いた今しかない。そう思って立ち上がると、身体が凍りついた。

女が、ベッドからこっちを無表情で見ていたからだ。女は黙っていた。私も言葉を発することができない。

怖い。

私が後退りすると、女は無表情のまま言った。

「気付いた」

「え?」

「気付いたなんでなんで気付いたの?どうして?どうしてどうしてどうしてどうしてどうして?どこで気付いた?なにで気付いた?ねえどうして?どうして気付いた気付いた気付いたのなんで気付いて気付いたどこで気付くどうどうどうし気付気付なんで気付いた?」

私は逃げ出した。家を飛び出し、ひたすらに走った。近くのコンビニに転がりこむようにして入り、警察に通報した。

「私の家に、知らない人がいて。ベッドで寝てるんです」

電話対応してくれた男性は、最初は訝しんていた様子であったが、細かに事情を話すと「現場に向かいます」と言ってくれた。

程なくして3人の警察官が到着し、私の代わりに家を見てくれたが、室内には誰もいなかったと言う。

「ただ、お話にもあったベッドですね。つい先程まで誰かが寝ていたように温かかったんです」

その女は、未だに見つかっていない。


この出来事以来、私は2つのことに気を付けるようになった。

ひとつは、家の鍵をしっかりかけること。

もうひとつは、知ってる人と話していても、本当に知っている人なのか疑う・・・・・・・・・・・・・・のを忘れないこと。

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