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映画「ウォルト・ディズニーの約束」の指輪 〈映画の指輪のつくり方〉第54回

決して君を一人にはしない
2013年公開映画『ウォルト・ディズニーの約束(Saving Mr. Banks)』
文・みねこ美根(2021年10月18日連載公開)

憧れる人は?と訊かれて思い浮かぶ人の一人が、メリー・ポピンズだ。ジュリー・アンドリュース主演の映画「メリー・ポピンズ」は、子どもの頃に何度も何度も観た。

不思議な力を持つナニー、彼女の名前をメリー・ポピンズという。ナニーとはベビーシッター兼家庭教師、子供の世話係のことだ。好きなシーンは有り過ぎるほどだが、中でも衝撃的だったのが、身長を測るとその人の性格がわかってしまう不思議な巻き尺を使ったシーンだ。彼女は自分を測って「思ったとおりね。“メリー・ポピンズ、何でもできる素晴らしい人”」と自分の身長のところに書かれた文字を読み上げる。私はそれまで幼心に、大人は謙遜をしないといけないものだと思っていた。自分に確固たる自信があり、上品で凛々しいメリー・ポピンズは、“自信がある人は、アイデアに溢れ、魅力的で美しいんだ”と私に教えてくれた。

今回紹介する映画は、その映画「メリー・ポピンズ」の制作秘話を描いた映画「ウォルト・ディズニーの約束」。もしよければ、映画「メリー・ポピンズ」を観た上でも楽しんで欲しい。

ウォルト・ディズニーからの申し出を断り続ける原作者

「ウォルト・ディズニーの約束」に登場する映画「メリー・ポピンズ」は、バンクス家にやってきた不思議な力を持つメリー・ポピンズと、子どもたちとの交流、そして親子愛を描いた話である。「メリー・ポピンズ」はもともと本が原作である。原作者P.L.トラヴァースとウォルト・ディズニーとの難航する制作現場を本筋に、知られざる原作者の作品への思いがこの映画では描かれる。映画化される前、P.L.トラヴァースは20年間、ウォルト・ディズニーからの映画化の申し出を断り続けていたが、スランプで新作が書けない彼女は、金銭難から、しぶしぶ話を聞くために、ディズニーの制作スタジオへ赴く。P.L.トラヴァースは映画化の権利を盾に、事細かく条件をだし、ディズニーのスタッフたち困り果ててしまう。しかし、彼女の言動の理由には、メリー・ポピンズの物語のきっかけともなる彼女のつらい過去があった。

P.L.トラヴァースは、なぜ映画化を拒むのか

映画の中で描かれるP.L.トラヴァースはとにかく複雑な人物!皮肉屋で見栄っ張り、序盤は人でなしにも見えるような描写が続き、「えっこんな感じの人なの!?」と結構びっくりした。でも、P.L.トラヴァースの幼少期が同時進行で描かれるので、彼女の行動や言動の理由、何がP.L.トラヴァースを頑なにさせているのか、というのが、少しずつわかっていくことができる。父親を敬愛していたこと、いまだに押し寄せる家族との思い出。なぜ、メリー・ポピンズという人物が生まれたのか、なぜ人の手に委ねることが許せないのか、いかにして映画化に至ったのか。ディズニーに期待を寄せながらも、記憶をよみがえらせるような撮影のセットを嫌がったかと思えば、記憶を忠実に再現させようとするP.L.トラヴァースの矛盾した行動は、わがままと言うよりかは“葛藤”なのかなと、観進めるにつれて印象が変わってくるのも面白い。P.L.トラヴァースという人物、そして彼女が書いた物語「メリー・ポピンズ」が、幼少期の回想シーンによって裏付けされていくのも、観ていて楽しくてすっきりするし、世界を作り出すこと、大人になること、についても考えさせられる。

キーポイントとなるのはこの映画の原題。邦題は「ウォルト・ディズニーの約束」だが、原題は「Saving Mr. Banks」(バンクス氏を救う)だ。このタイトルの意味が分かった時、私の目は滝と化した。ぜひ観て真意を確かめて欲しい。

こまごまとピックアップ!

P.L.トラヴァースとの制作会議を録音したテープから凧があがるモチーフにして、話し合いから物語が外へ飛び出すようなデザインにした。キーアイテムのバッグや、日傘、メリーゴーランドの木馬も良い仕上がり。バッグの絨毯生地の柄は、P.L.トラヴァースが持っていたものを再現してみた。木馬も、ウォルトの妻のお気に入りだと紹介しP.L.トラヴァースを乗せた木馬のデザインを再現!本にはメリー・ポピンズのシルエットも描いた。今回は再現度が高めなので、ぜひ映画と見比べて欲しい。

優しい気持ちになりたいときにお勧め

「ウォルト・ディズニーの約束」は、温かい優しい気持ちになりたいとき、感動したいとき、自分の過去で「こうすればよかったなぁ」と思いがちな人はぜひ見て欲しい。後悔は誰しもしてしまうものだが、幸せも、悲しみも、その時感じたことは本物なのだから、あとから起こったことを知った上で過去の判断を後悔するのは、そのときの自分と自分を突き動かした気持ちを追いやることになってしまう。なかなか難しいけれど、本作でウォルトがP.L.トラヴァースに諭すように、昔の自分を全部許しながら進めたら、もっと今の自分のことも大切にできるかもしれない。

ウォルトやP.L.トラヴァースは、多くの人の心を救う新たな世界をつくった。沢山の人と出会い、積み重ねる過去を受け入れながら、私も進もう。

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モチーフ:凧、ディズニーの妻のお気に入りのメリーゴーランドの木馬、ティーセット、白馬、洋梨、叔母が持ってきた赤い花、P.L.トラヴァースのバッグ、メリー・ポピンズの日傘、父親の酒瓶、2ペンス、ラルフが持ってきたメリー・ポピンズの本、制作会議を録音したテープレコーダー
音楽:「A Spoonful of Sugar」「Let's Go Fly a Kite」「Feed the Birds」The Sherman Brothers

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