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映画「ブリグズビー・ベア」の指輪 〈映画の指輪のつくり方〉第67回

仲間を集めたらあとは進むだけ!
2017年公開映画「ブリグズビー・ベア(Brigsby Bear)」
文・〝美根〟(2022年11月26日連載公開)

大人になってから、ヒーローものの主題歌や教育テレビの唄、合唱曲とか、改めて聴くとしみじみ良いなぁ、と思うことが多くある。前から知っている曲なのに、歌詞が大人になった自分によく刺さる。その時のことと今を思って辿ってきた道のことを考えたりする。小さい頃信じてたもの、好きだったこと、今の自分にどれくらい残っているだろうか? 無くしたと思っているものも、実はどこか心の片隅に隠れているだけでちゃんとあることを願いたい。

ちなみに私は小さい頃信じていたサンタクロースは今もなんとなくちゃんといてくれたんじゃないかと信じてみている。もうわかってるんだけど、信じさせてもらっていた子供の頃の温かい気持ちを、全部違ったと後から思い直すなんてのは野暮なような気がしている。だから、わざわざまだ小さい子供に教える大人とか、馬鹿にする人とか、知ったかする子供は嫌いだよッ! サンタはフィンランドにマジでいるんだぞッ!

…今回の映画は、子供の頃に信じていた世界を自分で作ろうとする話です。

僕のヒーローは偽物?

両親と共に地下の閉ざされた家で暮らす25歳のジェームズ。外気を吸うと病気になると言われ、外に出ることを禁止されていたジェームズは、幼い頃から見てきた唯一のテレビ番組「ブリグズビー・ベア」の熱狂的なファン。部屋中グッズを飾り、テープが擦り切れそうになるまで見ていた。

ある夜、3人が暮らす家に警察がやってきて、両親を逮捕。なんと今まで両親と思って生活を共にしていた夫婦は、25年前に赤ん坊のジェームズをさらった誘拐犯だったのだ。突然、混乱の中25歳にして外の世界に放り出されるジェームズ。本当の家族と再会し、カウンセリングを受けながら、徐々に世界を知っていくジェームズは、この世でブリグズビー・ベアを知っている人間が自分だけなことに衝撃を受ける。毎週の楽しみであった新作がもう見れないことを知り、ジェームズはブリグズビー・ベアの新作を自分で作ることにする・・・。という話。

ブリグズビーは絶対に諦めない

“これまでの人生が全て偽物の中にあった” なんて言われた日にゃ、ぶっ倒れちまうよ! 考えただけでも恐ろしいが、そんな非現実的な展開に違和感を生ませない、この映画の見事な流れにぜひ身を任せてほしい。

「ブリグズビー・ベア」の番組は、ジェームズのニセ父親テッドがジェームズに見せるためだけに作っていたオリジナル番組だったと言うことがわかり、「じゃあそのセットや小道具を使って自分で続きを作ろう!」と側から見ると異常なまでにブリグズビー・ベアに執着するジェームズ。本当の両親にしたら、自分の子を奪った誘拐犯手作りの番組のキャラクターに夢中になっている実の子…恐怖しかないと思う。

一方でジェームズは(他に知る由もなかったわけだが)唯一の心の拠り所である「ブリグズビー・ベア」を全て忘れるということはできない。この対立の中、ジェームズがいろいろな場面で教えてくれる、ジェームズにとっての「ブリグズビー・ベア」が、見ている私たちにとっての「子供の頃の心の支え、大好きだったこと」に変換できることに気がつくと思う。ジェームズを助け出した担当刑事が学生時代に演劇をやっていたことを知り「なぜ好きなことをやめてしまったの?」と純粋な気持ちで尋ねるジェームズのセリフが突き刺さる人も多いかもしれない。

本当の空の下、みんなで作り上げていく

ニセ父親が屋内のセットの中で作ってきた教育番組「ブリグズビー・ベア」。初めてできた友達に「ブリグズビー・ベア」のビデオを貸すとなんと大好評、新作の映画を作る仲間がどんどん増えていく。新作作りの中でいろんな人と出会い、心柔らかく壮絶な人生の展開を受け入れようとしていくジェームズや周りの人々との交流が見ていてとても心温まる。子供の頃のヒーローを今度は自分の手で形作っていくこと、多くの人が賛同し集まりみんなで作り上げること。「仲間を集めたらあとは進むだけだ!」とジェームズは言う。

子供の頃からなりたい姿を信じて、一人で曲を作った学生時代、そこからたくさんの出会いを経て、素晴らしい美根’sと先日ワンマンを終えたばかりの私にはドンピシャで、かなりグッときた。仲間と作り上げていく広がる楽しさも、大切にしてきた輝く気持ちも、加速するように湧き立つエネルギーやアイデアも、必ず今の自分に繋がってくる。そして次の冒険へ。いろんな感情を抱えながら、でも軽やかに「きっとまだいけるよ」と、背中を押してくれる、そんな最高な映画だった。ジェームズがどう進んでいくのか、どうケリをつけていくのか。最後の最後まで魅せてくれる。

なんだかクセになる優しい世界

ニセ父親を演じるのが、なんとマーク・ハミル。スターウォーズシリーズでルークを演じた名優! だからなのか、若干ときどきスターウォーズ感漂うシーンもあり、小ネタに笑った。全体の空気感も割とコミカルで見やすい。「ブリグズビー・ベア」自体が、結構しょぼくれた見た目というか、シュールなので、そのどことなく謎めいた雰囲気を今回は指輪にしました。私的にお気に入りの登場人物は、ジェームズの妹ちゃんと、ジェームズの初めての友達スペンサー。このスペンサーが本当にいいやつなんだ。あと武器をくれるエリックも好き。

いつだって次の冒険へ

みんなにとっての「ブリグズビー・ベア」はきっと、いろんなところへいざなってくれるはず。ジェームズのように、出会いの一つ一つを大切にしながら、毎日の冒険を楽しんでいきたい。

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モチーフ:ブリグズビー・ベア、杖、お助けクリスタル
音楽:It’s Brigsby Bear. (Opening Theme)

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