社会見学雑文日記 二日酔いを考察

昨日、妻と近くの飲み屋で久しぶりに一杯。

金曜の夜なのに、閑散。コロナが落ち着いてきたとはいえ、まだお客が戻ってきてない。もしかしたら、前のようなお客の入りにはならないのかも、そんな心配が飲食業の方は感じているのではないだろうか。

久しぶりだったので、たがが外れたように沢山飲んで、沢山話した。
こういう時間は、非日常だなと思う。貴重な時間。

あっという間に時間が過ぎ、家に戻ってくると、どうやって床の間についたか覚えていない。それだけ泥酔していた。大の大人が泥酔なんて、お恥ずかしい。

次の日は、もちろん二日酔い。
午前中は使い物になりませんでした。
はぁーやっちまったな。こんな気持ち悪くなるなら、次は飲み過ぎないようにしよう。
こんなことを心に誓ったこと、数知れず。自分の心の弱さを自分でも良く分かっています。うん。

今日、雑文として残したいことは、二日酔い→二日酔いが醒めると、、、という話である。これは、上で書いた心に誓った数と同じ回数、思ってきたことなのです。思ってきたというモヤっとした形ではなく、言語化を試みようと思います。

言いたいことは、辛い経験から解放されたときの景色はとても明るく、自分の体にはエネルギーが疼いているということである。

スポーツでよく、辛い練習を耐え抜いて良い結果を出す、高く飛び出すためにバネを引いているみたいに言われたりする。

これとは似て非なるもののように思う。

では、何が言いたいのか。

二日酔いを例に。
二日酔いで、
「気持ち悪い」
「何もする気にならない」
「会話が全然成立しない」→何もできない自分を責める

このように自分にとってマイナスのことばかりが二日酔いになると起きてしまう。

しかし、徐々に時間が経ち、アセトアルデヒドが酵素によって分解されて、体の外へ放出されるようになってくると、体の調子が良くなってくる。

「すこぶる快調だ」
「何かしたい気持ちでいっぱいだ」
「コミュニケーションも進んでやっていきたい」

とプラスの作用が起きる。

これはどうしてプラスの気持ちになるのだろう。

別に大きなイベントがあるわけじゃない、達成したい何かがあるわけじゃない。
言ってみれば、いつも通りの日常を過ごしているだけだ。
でも、気持ちはすごく高まっているのだ。

考察すると、
人間の感情には、振れ幅があるってことじゃないかなと思う。
マイナスのことが起きてネガティブな気持ちになる。そして、時間が経ち、マイナスのことが何もなくなると、プラスでポジティブな気持ちが芽生えてくる。
そして、徐々にプラマイ0に収斂されていく。

こういうことなのかなと思う。

つまり、プラスでポジティブな気持ちへ向かうには、一度マイナスでネガティブな気持ちへ舵を切る必要がある。

風邪を引いたとき、学校を休んで家で寝ていないといけない。動くのも辛い。
治った次の日、学校に行くのがワクワクしていたことを思い出した。

骨折した、などの怪我も同様な気持ちの振れ幅が起きるのではないだろうか。

では、風邪を引け、怪我をしろということは無理なことである。自分ではコントロールできない。

二日酔いはどうか。
十分、自分でコンロールできることではないか。

二日酔いは良くないことと捉えられがちだけど(実際は辛いから、もう2度と酒は飲まん!と思うくらい良くないことだけど)
あまり大きな負荷をかけずに、プラスでポジティブな気持ちへ導いてくれるカンフル剤なのかもしれない。(何度も言うが、二日酔いは辛いから、もう2度としたくない)

要するに、適正なリスクをとれるようになると、高く飛べるチャンスがあるかもしれないということ。

しかしながら、お酒は適量で、嗜む程度にするのが良いんだって。みんな知ってること。

早く仲間と飲み会やりたいなぁ。

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