イカれたバンドのメンバー

空気の澄んだところだった。つまり、容赦のない言い方をすればド田舎だった。何にもなくて、家と家との感覚がやたらめったら廣いのにライブハウスはわざわざ地下にあった。

東北随一クソ寒い、空調効かないステージで、俺、佐藤トシオは啼いていた。だいたいはクソ田舎をバカにしたようなことを歌っていたけど、誰も聞いてないし言ってるつもりもなかった。要は鳥のさえずりで、リズムが合ってて音色がキレイだろって言いたかった訳だ。

人が歌ってるときも遠慮なく遁走するギター。地を這う、つもりなんてなくて太鼓のように攻めたてるベース。不調和の中にあっては却って浮き立つ完璧なキーボード。すべてを強引に自分のリズムに帰着させる横暴なドラムス。

ああ、きっとここは最高のステージだろうな。レコチョクやらユーチューブだかで流行ってる曲も大概ダセェ。俺たちがイカしたバンドで、この地下こそ天国だ。

天国はあっさり取り上げられてしまった。最初に作った1分半の曲よりも早く時は過ぎて行き、焦燥感だけが手元に残った。小卒のバカだけが地元に残った。なあ。なあ皆どこいっちまったんだよ。またでっかいことやろうぜ。俺はツッカケを突っ掛けて旅に出ることにした。ワンピースみたいに仲間を増やしてくんだ。親のハイエースをパクった。保険は…保険ってなんだっけ。ハイエースは、アクセルを踏まれたので前に進む。ちょっとだけあったかい方へ。

🎸石巻六郎(イシノマキ・ロクロウ)

奴もまた落ちぶれていた。
「久しぶり。俺は」
必要ない。識っている。手に取るように分かっている。今どうあるかなんて知らない。過去を求めてきた。
ギター、石巻六郎、27歳、家族なし、甲斐性なし、病歴も前科もなし、この虚無の男は東京に生まれド田舎に来た、右腕の痙攣はギターを通して無軌道な主旋律へと昇華された、高校卒業後何も考えずに大学へ通い、何故か就職する、何故か働く、働き続ける、持続可能なペースで、申し分ないテンポで、そしてなにより、それは壊されるべき調和である、その虚無は混沌を受ける器である、使用機材はYAMAGATAのクレイジーラビッツ450、弦は12本。
素晴らしい。俺のハイエースに乗れ。
「ああ、足がもつれるぜ」
いいから乗れ。

🎹ピアニッシッシモピア郎(ピアニッシッシモ・ピアロウ)
「待っていたよ。やるんだろう」
唐突だな。押しかけた側の言うことではないが。
キーボード、ピアニッシッシモピア郎、27歳、完全体、アクロバッティアに生を受け10歳まで外国語と良質なレコードに囲まれて育つ、多感な10代をド田舎でピアノを弾き狂うことに費やす、完璧な運指は文字通り指のあるべき場所へ指を導く美しさがあり、鍵盤に乗せられた指はその惰性で押し込まれ完璧なトーンでピアノが鳴る、それはキーボードには関係のない話、特に意味のない完璧さ、虚空に放たれる満漢全席、虚無にこそ微笑む、使用機材はYAMAGATAのフォルティッシモZQX404、鍵盤は404ある、全長8m、折り畳んで1m。
素晴らしい。俺のハイエースに乗れ。
「ギャランティさえ振り込まれればやるさ」
いいから乗れ。


🎻綾小路綾小路(アヤノコウジ・アヤノコウジ)

こいつは、相変わらずといえば相変わらずだった。
「ピアニッシッシモっちは演るのかい?」
あいつも乗ってる。
ベース、綾小路綾小路、27歳、ヒモ、ヒモというには広すぎる肩幅は肩広中学時代に形成された、野球部に所属し、ひたすらに肩の広さを追い求めた、タバコを死ぬほど吸い続けた、銘柄はクールだったが喫煙をバラされた末路は決して格好のいいものではなく、昨日までのヤニ仲間は冷たかった、なんとか入った高校では反動からかケツの穴でタバコを吸う奇行に及び、そこそこウケていた、使用機材はプロペラ社のムービング302、弦は0本、デジタルテルミンシステムにより奏でる。
素晴らしい。俺のハイエースに乗れ。
「ツレも連れてってくれるか」
いいから乗れ。

🥁三山叩壊筋(サンザンダタキ・コワスジ)

ある意味、最も唾棄すべきヤカラだろう。
「いや、悪いね家族優先でさ、時間取れなくて」
悪いとも。
ドラムス、三山叩壊筋、29歳、家庭持ち、結婚式のスピーチでは妻をして、止まってしまった物語の続きを書いてくれる人と評した、高校を2留した人間の物語なんて自分で書いてくれ、いっそ止まってしまえ、趣味は完璧に積み上げられたトランプタワーを崩すこと、すべてを壊すこと、そしてそれらを最小単位にして、不細工な調和を再構築すること、使用機材は己が手、用意されたドラム・セットを素手で叩きまくる、世界中のライブハウスが出禁を出す。
素晴らしい。俺のハイエースに乗れ。
「手始めにドアを壊していいか?」
いいから乗れ。

📷銀塩舐太郎(ギンジオ・ナメタロウ)

歴史上の偉業はすべて書物に納められている。
「はぁ」
書物から取り出した偉業を日付逆順に並べたのを歴史と呼ぶ、ということだな。
「それでなんの用」
なるほど。なるほど。あんたは安くないな。時間は取らせない。とにかく。俺たちの偉業をキャメラに納めてほしいって話。
「録音は?私はフォトグラファーだ。切り取るのは一瞬。ライヴってのは動くもんだろ?それに音が出ると思うんだが」
誰も聞きゃしないさ。トレンドはたった一枚の写真。
フォトグラファー銀塩舐太郎、ド田舎高校暗室ヌラヌラ部、その卓越したフォトスキルとフォトショップスキルで生徒全員のアイコラを作成した厄介なクソ陰キャ、使用機材iPhone8Pro、アナログカメラは触ったことないし暗室が何か分かってない、国際的な賞を総ナメしたことから賞舐め舐太郎と囃し立てられる新進気鋭の表現者。素晴らしい。俺のハイエースに乗れ。
「君らって高校の時カラミあったっけ?」
いいから乗れ。伝説をフレームに収めろ。

🏯スパニッシュ・キャッスル・マジック

ともあれハイエースは決戦の地に赴く。あの時の若さを吐き散らかした伝説のライブハウス。潜水艦ノーチラスよりも深いところから湧き上がってくる地獄の息吹。イカれたバンドを紹介するぜ。イカれたメンバーを紹介するぜ。老害の座椅子、笑顔を絶やす、容易く引き裂かれる合鴨の料理、ナプキンで包んで早くも帰る用意、造成された脅威と増税する総理、落ちゆく日が前髪にかかる、この全てが歌で、俺たちは歌のただ中にある、イカれたメンバーだぜ、イカしたバンドだろ、天国みたいだろ、地獄なんだぜ、傍らにオムツを換えたガキ、オムツにフォーカスして臭いたつオムツ、笑ってくれ、でも金は払ってくれ、寸志、寸志ということで、句読点は要らない、要らないよ読点以外、歌の続きをくれ、歌ってくれ続きを

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