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12 中国と香港の一国二制度、香港基本法、国家安全法について知っていただきたいこと

新型コロナウイルスの影響で開催が遅れていた中国全国人民代表大会(中国の議会)が5月22日にようやく開幕しました。

例年は3月初旬に開幕していましたので、2か月以上遅れての開幕となります。

ここで香港版の国家安全法が議題に上がり、そのニュースは全世界を駆け巡っています。

香港の市民にとってもこれは全くの寝耳に水の出来事です。

感染症対策であるとか、経済政策について話し合われるのだろうと予想している人がほとんどでした。

このタイミングで中国側が国家安全法を香港に適用しようとするには秋の立法会選挙が大きく関係しています。

2019年の巨大なデモにより区議会選は民主派が圧勝しました。

これが立法会でも起これば中国にとって取り返しがつかないことになります。

そのため、立法会選挙の前に民主派を一網打尽にできる法律の制定を急いでいるのです。

今回はいわゆる香港版国家安全法に関する解説をしたいと思います。

中国と香港の一国二制度について

香港は中華人民共和国香港特別行政区といって中国の他の地域とは違う特別な扱いになっています。

これはアヘン戦争の結果イギリスが入植して以来、150年にわたってイギリスが統治したことに由来しています。

同様にポルトガルに割譲されていたマカオも特別行政区です。

香港が1997年にイギリスから中国に返還される際、一国二制度という方式が取られました。

これは資本主義経済圏の香港と社会主義経済圏の中国のミスマッチを防ぐ目的や、中国としても香港をグローバル経済への通り道として活用したい思惑もあり、現状の社会体制を50年間変えない、つまり香港においては中国返還後も資本主義体制が継続するということです。

また、ここでは詳細は割愛しますが、経済方式だけでなく、政治や司法、そして言論や集会の自由などの点でも中国と香港は大きくことなっています。

香港では「港人港治」という概念で中華人民共和国憲法第31条および香港特別行政区基本法(香港基本法)に基づき軍事と外交以外の自治が認められています。

しかし、ここで一つ覚えておいていただきたいのは、香港基本法は中国の国内法であるということです。

香港にとっては憲法にあたる法律ですが、中国の中ではそのほかの地域について定めている法律と同じように、一国内の法律に過ぎません。

香港基本法と国家安全法の制定について

香港基本法の中で今回関係があるのは第23条と付属文書3です。

まず第23条には何が書いてあるのでしょうか。

◆香港基本法第23条 

香港特別行政区は、 あらゆる国家に対する叛逆、 国家の分裂、 叛乱の煽動、 中央人民政府の顛覆及び国家機密の窃取の禁止、 外国の政治的組織又は団体が香港特別行政区において政治活動を行うことの禁止、 並びに香港特別行政区の政治的組織又は団体が外国の政治的組織又は団体と関係を構築することの禁止について、 自ら立法を行わなければならない。

「~行わなければならない」で終わっている第23条は香港基本法の中に仕掛けられている時限爆弾の一つで、実は一度爆発しそうになったことがあります(ちなみにもう一つの時限爆弾は普通選挙の導入です)。

今から17年前の2003年、当時の香港行政長官董建華のもとでこの国家安全条例の制定が審議されます。

これに反対する市民が7月1日街頭で抗議活動を展開します。

主催者発表で50万人以上とされ、香港において1989年の天安門事件の時を上回る、史上最大の抗議活動となりました。

結局市民の抗議を受けて同条例を推進していた政府幹部が辞職するなど、法案は廃案に追い込まれます。

法案の良しあしはさておき、この時は基本法第23条に基づき香港自ら条例を定めるということで、プロセスとしては正しい道のりでした。

しかし現在の香港の状況を見た中国は香港基本法の抜け道を見つけ出します。

それは中国全土にわたる法律の香港への適用を定めた基本法付属文書3です。

付属文書3では中国の国歌や国旗、国籍、祝日など中国全土にわたって適用される例外的な法律について6つほど列記されていて、「香港が公布または法制化して適用しなければならない」と定めています。

これは1997年のイギリスから中国への返還に際し、香港の中国社会への合流を円滑化するとともに「付属文書3に書かれているもの以外は香港独自で立法化する」という思想に基づくもので、中国は今回この付属文書3に香港版の国家安全法を書き込もうとしていますが、付属文書3の在り方を180度変える悪質なものです。

しかしながらプロセスとしては中国国内法の改正ですので、道徳的な観点はさておき、手続き論としては問題がなく、かつ内政問題であることは留意せざるをえません。

中国では2015年に国家安全法が成立していて、その前後、2014年~2017年にかけて反スパイや反テロなど安全保障に関する法案が次々に成立しています。

このタイミングで香港政府にも立法を迫ったものと想定されますが、現在香港市民の信頼を失い統治能力を失っている現香港行政長官林鄭月娥(キャリー・ラム)の元では香港自身による成立は難しいと判断し、付属文書3という強引な手法により中国によって法制化することを目指しているものです。

国家安全法適用の狙いと懸念点

中国が導入しようとしている香港版国家安全法の詳細が明らかになっていませんが、その狙いは明確です。

2019年の反逃亡犯条例改正運動は人口700万人の香港において200万人の動員を記録するデモが発生するなど、香港史上例を見ない抗議活動に発展しました。

また6月12日には市民が香港立法会の周りを占拠し審議を開催不能に至らしめ、15日のキャリー・ラムによる審議停止宣言を引き出しました。

仮に香港政府に国家安全条例の強引な制定を要求しても、市民は再度立ち上がり、法案審議は不可能でしょう。

また、中国が一番恐れているのは今秋予定されている立法会選挙です。

昨年の区議会選挙における民主派の圧勝を見た中国政府は震え上がったはずです。

区議会選と異なり、親中派が勝てるように設計されている立法会選挙ですが、昨今の情勢を見る限り、予断を許さない状況です。

※立法会選については過去記事をご覧ください。

民主派の躍進、ましては過半数を民主派が獲得することなどあってはならないことです。

これをなんとしても阻止するために、強引な手法をもって国家安全法の成立を急いでいるのです。

法律とはその制定以上に運用が大切です。

中国は法治国家ではありませんので、法律が共産党によって恣意的に運用されます。

国家安全法が香港に導入されれば、「香港独立」という明示的なメッセージでなくても、例えば「普通選挙」や「民主政治」といった単語でも取り締まりの対象になり得ますし、なにより香港市民に恐怖心を与えます。

つまり香港市民から言論の自由を奪うことができるのです。

中国は立法会選挙の前に香港版国家安全法を使って抗議活動を一網打尽にし、香港民主派を議会から一掃することを目論んでいます。

現在2019年のデモに際して逮捕された若者たちの裁判が数多く行われています。

つい先日、初めての判決が出ました。

最初に判決を言い渡された21歳の若者は6月12日に立法会を包囲していた一人で、デモ隊と警官隊と衝突した際、傘などいくつかの物を”投げた”罪により4年の禁固刑が言い渡されました。

この時警官隊はゴム弾や催涙弾を使用しています。

21歳の若者が手で投げた傘は警官隊の装備の前に何の意味があるのでしょうか。

香港では既にこの事態が起こっています。

国家安全法が適用されれば、具体的な行動を伴わなくとも、ふと漏らした一言やSNS上の投稿で牢獄に送られる恐怖が市民に植え付けられます。

歴史の結果は明らかです。

中英共同宣言で謳われた「香港の社会制度を50年間変えない」という約束は守られなかったのです。





今日も香港の状況は刻一刻と変わっています。そんな状況の深層を理解できるような基礎知識を得られる記事を目指しています。皆様からのサポートは執筆の励みになります。どうもありがとうございました