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2 廻る中環サーカス:香港デモインタビュー ステラ

一昨日までチェコに旅行に行っていたというステラ(仮名、20代、女性)がカフェの椅子に座っている僕に気付いた時の表情は、疲れたといったような、もう散々といったような、そんな表情だった。それは海外ブランドが並ぶショッピングセンターの中で待ち合わせのカフェの場所を探して長い間歩き回ったからなんだけど、何も乗っかっていない両肩を見て、もう5年間いつもこうじゃんと少し笑ってしまった。

最初のストーリーは、雨傘以来の香港の激動の5年間を少し引いた目線から概観したいと思い、ステラの話から始めたかった。ステラは細身で白い服を着こなし、日本で買ったお気に入りの眼鏡をかけている香港女性で、香港の大学で欧州政治を専攻、在学中にドイツに交換留学する。僕がドイツ留学中に同じ学校で出会った3人の香港人のうちの一人だ。卒業後は香港で大学院に進学し、修士号を取得。現在はプライベートチューターとして働いている。プライベートチューターは日本の家庭教師のような場合と個別指導塾のような場合といずれもあるが、総じてニーズも給与も日本の家庭教師よりも高く、人気チューターとなるとかなりの稼ぎとなる。ただ、ステラが本気で働いているわけではなく、今は実家に住みながら遊ぶお金程度を稼ぎ、海外インターンシップ等で経験を積みながら20代後半を過ごしている、そんな様子だ。

2019年の年末、香港の中心地であるセントラル(中環)にあるifcモールのカフェで待ち合わせを依頼した。ifcモールは銀行や証券会社等が入居するifcビル(国際金融センタービル)に入っているショッピングモールで、高級ブランド店やレストランが入居している。空港から出ているエアポートエクスプレスの終着点である香港駅に直結しているため、僕のような旅行者にとってはお馴染みの場所だ。ただ、一般的な香港人にとってはそうではない。やはりここは既得権益層や富裕層の一つの象徴でもある。ifcモールの日系ラーメン店である金色不如帰でラーメン一杯と煮卵、サラダを頼んだら250香港ドル=約3500円かかったと話したら、「当たり前でしょ、セントラルのifc価格だから」と返された。金色不如帰自体はミシュランで1つ星を獲得し、2019年12月に香港に進出したばかり。そう聞くと東京が安いのかセントラルが高いのかわからなくなるが、少なくとも富裕層ではない香港ローカルが気軽に飲食をする場所ではないことは確かだ。待ち合わせ場所に来る際、ステラは高級ブティックの洪水の中で迷いに迷い、だいぶ遅れて到着した。僕が勝手に指定した待ち合わせ場所なのではあるが、「オキュパイ・セントラル」に端を発する雨傘運動以降の話を聞くインタビューの待ち合わせで、セントラルの象徴的な建物であるifcで迷ってしまうというのもなんだか面白い皮肉ではあった。少し雑談をしてから、注文したコーヒーが届いたのを合図に、本題に入ることにした。

「2019年が終わろうとしているけど、まず率直に今年を振り返ってどう?」
「いつ来るかはわからなかったけれど、誰もが待っていたときが来たっていうところかな。ただ希望は全くないけれど。」
「希望がないっていうのは?」
「多くの人が傷ついたり逮捕されて、でも事態は全く前に進んでいないでしょ。そしてこの後どう進んでいって、どうなっていくのか、誰にもわからないから。」

普段あまり深刻な表情を見せないステラだけれど、この一瞬だけは少し視線を落としていた。

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