3 香港社会に投げかける新しい息吹:香港デモインタビュー ピーター(前編)
インタビュー第2回目は全く政治やデモ活動に関心がなかった20代の青年が、ある日を境に突然ポリティカルな場に足を踏み入れ、半年後には政党を結成、1年後には自分自身が区議会議員に立候補、惜しくも敗れたものの、さらに翌年の立法会選挙では友人を支援し当選、という激動のストーリーを見ていきたい。
ピーター(仮名、30代)はおそらくとてもシャイな男だ。僕が日本から行くときも、「よく来てくれたね、久しぶり」のような素振りは一切なく、昨日も一昨日も毎日会っているかのような、せいぜい「よう」くらいの感じであいさつを交わす。時にはそれが言葉を伴わず、目くばせだけの時もある。
それでいてみんなで集まった翌日にスマホに個別のメッセージが来て、渡したいものがあるといって二人で落ち合うことになったりすることがよくある。
外資系企業に勤めるピーターの現在の職場は湾仔(ワンチャイ)にあり、僕も香港島のセントラル周辺に宿を取ることが多いので、昼休みか仕事終わりに受け取りにいくことになる。
雨傘革命以降、香港ではブルー(親中派)かイエロー(民主派)かということで職場や家族での分断が起きている。
2019年にはレストランやショップ等をブルーとイエローに分類した食べログやホットペッパーのようなアプリが登場し、民主派の若者はイエローの店を選ぶようになっている。
このアプリ自体は自由に投稿ができるし、一定の基準があるわけではないので、例えばそこのカフェのスタッフが親中的な発言をしたという噂だけであってもブルーと分類されてしまう怖さもある。
一方でイエローと分類されたお店に行ってみると、デモ隊に対して無料で飲食を提供していたり、店中がレノンウォール(ポストイットに香港の民主化に関する願い等を書いて壁を埋め尽くす試み)となっていたりする。
色の違いが家族間で見られれば親中派の親の元から民主派の子供が家出し、民主派だけど前線に出られない大人たちの資金で運営されるシェルターに逃げ込んだりすることもあるし、職場であれば解雇や不採用といった結果につながる。
幸いピーターは外資系のリベラルな企業と巡り合い、一連の政治活動の後、現在は普通のサラリーマン生活に戻っている。
とある金曜日の仕事終わり、ピーターの住まいの近くでヌードルレストランで夕食を共にした。レストランを決めるにあたってピーターから提示された選択肢はたった2つ。ヌードルか飲茶である。なぜなら待ち合わせ場所の近くにイエローの店が2つしかなかったからだ。
飲茶だと食べるのに時間がかかりそうだったので、インタビュー時間をなるべく長くとるため、ヌードルレストランを選択した。
香港のヌードルレストランでは麺とスープ、トッピングを選んで頼むスタイルが基本だ。麺はラーメンのようなものからライスヌードル、日本のうどんなどいろいろある。
ピーターはうどんがお気に入りだ。この日も香港風スープに投入されたうどんを頬張っている。そこに辛いスパイスを投入したりするので、なんだかうどんも海を越えてたくましくなっている。
さて、インタビューは彼が突然政治活動デビューすることになった日のことを振り返ってもらうことから始めた。
「きっとその日のいきさつを話してもらえると、日本人にも何か感覚的に伝わるものがあると思うんだ。」
「そうだね、その日は仕事を終えた後、人気のバックパッカーの講演を聞きにいってたんだ。日本にもいるでしょ、SNSとかで有名になったプロフェッショナルトラベラーみたいな人。
それで一通り講演が終わろうというときに、そのバックパッカーが『今、学生たちが香港政府庁舎前に集まっているから、それを支援しに行こうと思うのでぜひ皆さんも一緒に行きませんか』と言ったんだ。
もちろん一人の香港人として、その日政府庁舎前に学生が集まっているというのは何となく知っていた。ただし何の目的で、なぜそこに集まっているのかは詳しくは知らなかった。
だからバックパッカーの呼びかけに賛同するする人たちが一緒に政府庁舎前に移動する中、自分はそれがどういうことなのか判断がつかなかったので帰路についた。帰る途中に旅行友達にメッセージを送ったら、ちょうどその友達も政府庁舎前に移動する最中だった。それでメッセージで一緒に行かないか誘われて、帰り道の途中だし、友達が行くのならとなんとなく行ってみることにした。本当にそれだけ。
恥ずかしいことに自分は民主主義とか普通選挙とか、政府の圧力を問題にして現場に行ったわけじゃなく、ただ流されていっただけ。学生たちがなぜ集まっているのかも知らなかったんだから。」
しかし、この日の行動がその後のピーターの人生を想像もしていなかった方向に変えることになる。
なお、この日ピーターを誘った旅行友達は雨傘運動にこそ時々顔を出すものの、その後は徐々に政治活動から離れていったというから、人生の綾というのは不思議で予測がつかないものだ。
「到着したら、想像以上の人がいてびっくりした。もう庁舎前の道路は人が溢れていて入れなかったので、その頭上の歩道橋から様子を見ることにした。」
香港の政府庁舎は地下鉄のアドミラルティ(金鐘)駅からビクトリアハーバーに向かって歩道橋が伸びており、ちょうど上から全体を見渡せるようになっている。
この日は2014年9月26日。ジョシュア・ウォン(黄之鋒)が率いる学民思潮が授業ボイコットに入った日だ。授業ボイコットと聞くとだた学校をさぼっているように聞こえるかもしれないが、香港の場合、単に学校をさぼって帰宅したり遊びにいったりするのではなく、ボイコットした学生たちはどこかに集まって抗議の声を上げる。
今日も香港の状況は刻一刻と変わっています。そんな状況の深層を理解できるような基礎知識を得られる記事を目指しています。皆様からのサポートは執筆の励みになります。どうもありがとうございました