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牧師夫人の徒然なるままに(六六六) 「愚かな者はただ自分の意見だけを」(箴言18・2)

 教会は決して天国ではありません。いわば罪赦された者たちの集まりで、意見の相違も頻繁にあります。ある意味ではそれがお互いの成長を助ける引き金になっているのですから、あながち、なあなあ、まあまあに代表される平穏無事の事なかれ主義よりは喜ばしいでしょうが、自己中心の思い込みには注意すべきです。
私がまだ若かった頃の出来事です。ある教会で、牧師夫人が信徒の皆さんからかなりの批判を受けていました。やがて教会の総会ともいえる場で、女性の伝道師がその牧師夫人を糾弾して、牧師に正してほしいと迫りました。その時に牧師は夫人をかばいました。
 その話を耳にした時、若かった私は大多数の信徒の立場に賛同して、妻をかばう牧師に憤慨しました。ところが、当時私と同じ平信徒の立場だった今の夫が、その事例について述べた意見に私は目が覚めました。彼はいいました。「奥さんをかばうのは当然のことだろう!」と。つくづく、そんな彼と結婚できた私は幸せだと思います。
 人の罪が一番顕著に表れるのは「自己中心」です。自分が一番物事を知っているかのように思い込んでしまうことです。その牧師夫人のことも、自分の評価が一番正しいと思い込んで糾弾したのです。でも、夫人の一番身近にいる夫の意見はそれ以上に貴重なのです。

安食道子

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