狼に翼を#6‐2:斬首台

少年、看守、王。王は中央扉より登場。少年は看守に引きずられるようにして下手側から登場。

看守「連れて参りました、我が王よ」

王「これはこれは。私が直々に羊の世話を命じた男ではないか。聡明で、言語にも長け、我が羊を一匹たりとも失わなかったお前が、一体どんな悪さをしたんだ?」

看守「王よ、この男は私を酷く辱め、かつ笑い者にしようと致しました」

王「ほう。我が国民であり、従順に仕える看守にそんなことをするとは。それは褒められたことではないな。詳しく説明しろ」

看守「この男は二度にわたり、狼が出たなどと嘘をつき、私を看守の務めから遠ざけました。王の羊を守るべく、武器を持って立ち向かおうとしたこの私を、この男は嘲笑い、辱めたのでございます」

王「おい、お前。その言葉に異論は無いか」

看守「異論など聞くことはありません、王よ。この男のしたことは事実であり、明確な意図を持った裏切り行為です」

王「おい黙らないか。この私に口答えするつもりか」

看守「そういう訳では」

王「こいつは、私が直々に任命した者だ。そんな不届き者を私が信頼していたなど、大きな声では言えぬほどの恥だ。私はこいつを信頼する義務がある。おい、そこの羊飼い、答えろ」

少年「恐れながら申し上げます。確かにこの看守の言うことは間違ってはおりません」

王「なんだと! お前は私を裏切り、信頼を豚の中に投げたとでも言うのか」

少年「王よ、どうか御容赦ください。そして私の話を聞いてください。私が、この私が、あなたの羊をどれほど熱心に守ってきたか、貴方は知っておられるはずです」

王「ああそうだ。お前は羊を優しく扱い、決して傷を付けず、一匹が逃げ出せばすぐに野を這いずり回り、連れ戻した」

少年「そうです。私はいつでも貴方のため、貴方の羊の奴隷となり、日々全てを捧げて参りました。全ては貴方への忠誠心によってです。貴方は王の中の王であられるからです。しかし私もまだ歳若き青年であります。たとえ王に忠実であろうとも、火の海になる故郷と引き裂かれる家族を見て、正気で居られる程強くはないのです。羊に囲まれて眠る時、私の頭の上にはいつも泣き叫ぶ声と騒乱の音があります。どんなに叫んで飛び起きようとも、そこにいるのは何匹もの口のきけない羊だけです。悲しい出来事を思い出そうとも、そこにあるのは広大で静かな草原だけなのです。王よ、失礼を承知で申し上げます。私は怖かったのです。人と関わることを忘れた私は、狂ってしまうのではないかと。もう感情や言葉を全て忘れて、そこにいる羊の中の一匹に成り下がってしまうのではないかと。そんな折、私は看守を見つけました。私は嬉しくなり、どうにか話をしようと試みました。しかし相手は敵国の奴隷、誰が私に目をかけ、話し相手になってくれましょう。きっと邪険に扱われ、持っている武器で私の横腹を刺し通してしまうでしょう。しかし私は王の奴隷、羊を置いて死を迎えることなどあってはなりません。王よ、お許しください。私はこうするしかなかったのです。人の心を保ち、野の獣と化してしまわぬためには」

王「ふむ。なるほど。お前の言うことは確かに分からんでもない」

看守「王! こんな男を信用するのですか。この男は貴方の国民である私を侮辱したというのに」

王「おい、黙らないか! お前はただの門を守るだけの棒でありながら、私に逆らう気か」

看守「いえ、そんなつもりは微塵もございません。しかし、こんな餓鬼の戯言に耳を貸す必要など」

王「いいか、よく聞け。私は確かに勇敢で喧嘩が好きだ。だがな、人の心まで失ってはいない。私が信じて羊を任せた男を、最後まで信じて何が悪い。私に逆らうつもりなら、それなりの覚悟をしておくことだな! 姫君の隣で首を断ち切るぞ」

少年「姫君の首だって?」

王「そうか、お前の耳には入っていなかったか。お前の祖国の姫君は、今地下牢の中だ。私の従順な奴隷であるお前なら分かるだろう。お前の祖国の姫とはいえ、生かしておくわけにはいかん。そうだろう? 明日、斬首台は姫君の血を飲む。これで全て終わりだ」

少年「そんな! 王よ、どうか御容赦願います。姫君とはいえ、彼女はまだ私と変わらぬ齢の若人。人の心をお持ちの王なら、きっとお分かりのはずです」

王「これはお前ごときの死とは違う。これは芸術なのだ。美しき蝶を人々が針で刺し通すのと同じ、開いた花を押し潰すのと同じこと。私は美しさの無い殺人は好かん。また羊を飼う仕事に戻れ。お前のように従順で清らかな心の奴隷は、滅多に見つからんからな」

看守、少年を羽交い締めにする。

少年「待ってください! どうか、どうか恩赦を!」

王「下がれ! 奴隷など野良犬に過ぎぬ。野良犬の血など見たくもないわ。せいぜい私の腕を噛んで怒りを買わんようにな」

少年、看守に引き摺られながら下手側に退場。王、高笑いしながら中央扉より退場。

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