狼に翼を#1‐2:忠実

狼少年
登場人物:
少年 橘遥斗
姫 相川幸
王 坂口章隆
街の大人1 宮部裕太
街の大人2 霧島伊月
看守 松野一弥
家来 高木悠仁

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  王、家来、看守。舞台中央の王の椅子付近。

王「何をぐずぐずしているんだ、処刑台の準備はまだか!」

家来「申し訳ございません。一昨日の豪雨で準備に手間取っておりまして」

王「さっさと済ませろ! 煩わせるな。美しい姫君の憔悴しきってしまわぬうちにな。舞い踊る蝶が絡まった蜘蛛の巣のように、美しい物が一瞬にして壊れる瞬間ほど、美しいものはない。お前もよく知っているはずだな。いいか、一日でも早く手配をしろ。早く行け!」

  家来退場。

王「姫はどうなってる、どこの牢に入れてある?」

看守「城の地下、暗く湿った地下牢でございます。聴こえるのは鼠の走る足音と、風に揺らぐ雑草のざわめきのみ。地上に設けた小さな格子窓から入る光が冷たい床を照らし、豪雨で土に染み込んだ雫が窓を伝って落ちております。量を減らしたパンと、半量の水が食事でございます」

王「豪勢な食事、私も味わってみたいものだ。水を三分の一に減らせ!   どうせもう生き長らえる日数も少ない。崖の淵で怯えさせるのだ。それにしても、あの姫のお父上は大層素晴らしい王だったようだな。私を辱め、こんなにも大いに怒らせた。あの王のおかげで我が国はどこもかしこも反乱の嵐だ。一昨日の豪雨で一時は鎮まったが、もうそろそろ暴れ出す頃だろう。城の周りの見張りを増やせ。鼠一匹近付かせるな、分かったな!  ことに、姫と共に捕虜にした奴らはどうした」

看守「多数は第二牢に、聡明で力ある幾人かの若い男は使用人としたと聞いております。王の羊を飼う者を一人、王の馬を手入れする者一人、城内の使用人に二人、その他大勢」

王「使えるだけ使っておけ。使い物にならなくなればすぐに牢へぶち込むんだ。頭の切れる奴らは決して束にしてはならん。計画を立てて謀反でも起こしたら面倒だからな。集まることは禁止だ。いいな、よく言い聞かせておけ。この国の王はお前達の国の王とは違って勇敢な軍人だとな!」

  王、看守退場。

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  少年、棒鞭を片手に登場。舞台上手に設けられた階段を駆け上がり、舞台上段で周りを見回す。下手側の階段からゆっくりと降りる。

少年「王は亡くなった。僕達の国は無くなった! 何が『聡明な若者のみ生かしておけ』だ! なぜ僕は生きている? なぜ僕は王の食卓についている? 父親は死んだ、母親も死んだ、妹はどこにいるか分からない! 僕にあるのはこの棒鞭と、憎き王の持ち物である百匹の羊だけだ! ああ、残酷で惨めで争いの絶えぬこの国で、僕は何をしているのだろう。捕虜にされてからこれまで、僕は命が惜しい振りをして、言われたことには何でも従う素振りを見せ、まるで尻尾の下がった犬のように振る舞い、王と見張りを騙してきた。奴らはきっと、僕は観念して王の側についたと思い込んでいるに違いない。そんなことがあってたまるか! 我が祖国を奪い、我が家族を奪い、何もかもを取り去ってしまった暴君め! だが今はまだ駄目だ。戦が上手いのは事実、きっとまだ今は用心し、人の動きを見張っているだろう。そんな時に下手に動けば、僕はきっと父親と同じ運命を辿ることになろう。用心して、今は忠実な振りを続けよう。僕の今の仕事は、王の羊を見守り、保護することなのだ。

草を食む呑気な羊。ああ、僕もいっそ、丸々肥えた羊に生まれていたら! そうすれば僕は、いつまでも祖国を思うこともなく、ただ目の前にある緑の食い物を抱きしめて生きていけただろうに。いつまでもいつまでも、家族の幸せや生きる意味について、考えなくとも済んだだろうに。

羊が一匹、二匹。ああ、何度これを繰り返せば夜が明けるだろう。まだ陽は登ったばかりだというのに。羊が十匹、十一匹。日が沈む頃、また妹を思い出すだろう。柔らかな髪をした、たった一人の我が妹! 羊が二十匹、二十一匹。望みは彼女だけだ。僕の唯一の肉親よ、どうか生きていてほしい。三十匹、三十一匹。……九十八匹、九十九匹。どういうことだ? 一匹足りない。どうやら逃げ出したな、僕の気持ちが移ったのかもしれん。九十九匹は囲いの中だ。僕は王に忠実な羊飼い。一匹のために草原を駆け回るのも、仕事の一つだ」

 少年、下手側へ走って退場。

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