ビジネスホテルのいいところ5選
まだコロナの影もなかった頃の数年間、めちゃくちゃ出張の多い部署で働いていた。週の半分は会社、残りの半分は全国のどこかに出張みたいな働き方だったから当時はビジネスホテルにけっこう泊まっていた。
夕方にチェックインして部屋に入り、PC仕事をざっと済ませたら後は自由の身。翌日の仕事まで知らない地のビジネスホテルでダラダラ過ごす時間、今思えばなんと贅沢だったことか。
かかと落としの名手の次女と服の中に足を入れてくる長女という足癖姉妹と一緒に毎晩寝ていると、あーまたあそこに泊まりてぇ〜〜と思うことが定期的にある。
出張とかの経験がなくてあまり泊まったことがないと、ビジネスホテルの何がいいの?と思う人もいるだろう。たしかに施設内だけで一日中楽しいリゾート的なホテルとか温泉宿とかには至れり尽くせりのおもてなしと豪華な料理、広い部屋と露天風呂、つまりは究極の癒しがある。
じゃあビジネスホテルには何があるかって?……うん、ないよ。何もない。ビジネスホテルにはとりあえずグッスリ寝れるだけでいいやというシンプルさとアクセスの良さ、そのくらいしかない。だがむしろだからこそ良いのである。
そうは言われてもいまいち楽しみ方がわからんという人のために、私が個人的に思うビジネスホテルの良さについて書いてみたい。
①館内着が良い
出張時は荷物を最小限にしたいのでもちろんパジャマなどは持たない。部屋に備え付けてある館内着を着るのだけど、だいたいAV男優みたいなもの(白)か陶芸家みたいなもの(紺、茶)が多い。「今なんか、男優の気分」というちょっとしたコスプレが楽しめるのである。
ガウンタイプの館内着を着て寝ると朝には高確率でほぼ脱げてしまっている。そういう時、「昨日の夜、激しかったね……」と呟くとちょっと楽しい。あくまで誰もいない部屋の中だから何を呟こうが自由だ。安心して呟いてよい。
そういえば大浴場の脱衣所で全裸の上に館内着だけ羽織って出ていくおじさんを見かけたことがあるんだけど、あれはOKなんだろうか。ふいに緩んで隙間からおじさんの息子がコンニチハしちゃったりとか、ちょっと振り向きざまにボンジュールしちゃったりとか、ナマステしちゃったりとか、あるような気がするんだけども。
②部屋の設備が良い
壁のスイッチを全部消しても枕元の電気だけ消えない、ということがよくある。このスイッチを探すという小さな謎解きゲームが楽しめる。
ランプの紐を直接引くタイプ、ベッド横のツマミを回すタイプなどあってわかりにくい。たまにツマミを回すと謎のボサノヴァが流れるラブホテルみたいな仕様になっているという罠が仕掛けられていることもある。
あと、部屋には謎に聖書とかそのホテルの創業者の思想的な本が置いてあることが多い。私も初めのうちは無視していたけど、深夜までスマホでyoutubeを見て目が冴えてしまった時、あれを読むとすぐに眠くなるというライフハックを発見した。
アパホテルの名前の由来って知ってる?日本(JAPAN)の中心って意味で真ん中の「APA」をとったんだって。などとそのおかげで変にこの辺の知識に詳しくなれた。
③朝食バイキングが良い
なんといっても朝食バイキングが良い。メニューの種類は基本的にどのホテルも似たようなものだけど、和食も洋食も好きなだけ食べられる天国のような場所である。
私の楽しみ方は、一巡目に和食、二巡目に洋食を食べてコーヒーとヨーグルトで締める。普段家での朝食は食パン1枚くらいしか食べきれないのに、ホテルだとわんぱくになってしまうのはなんでなんだろう。びしゃびしゃのスクランブルエッグ、お湯に浸かったと思われるウインナー、よくわかんない丸いパンには謎の魅力が詰まっている。
なお、その日の昼食に地元の名物などを食べる場合、お腹がいっぱいで全然食べきれないということになるので注意が必要だ。
④朝のニュースが良い
朝食会場からコーヒーを持ち帰り、部屋に戻ると必ずテレビをつけてニュースを見る。地方局のアナウンサーがその地方の天気予報などをやっていると、自分が知らない地にいることを実感する。非日常を感じると、なんとなくわくわくしてくる。
チェックアウト前にテレビを流しながら部屋を片付けていると、寝ぼけていた意識がだんだんはっきりしていくあの時間が良い。
⑤束の間の孤独が良い
ここまで読んで、「三毛田さんよ、やっぱりビジネスホテルには何にもないじゃねえかよ。しょーもないこと読ませて私の貴重な時間無駄にしよって、オドレの顔焼いて遺体不明のトリックに使うけえの」と思った方、落ち着いて。生卵を投げないで。
おっしゃる通り、結局ビジネスホテルに大したことは何にもない。しかしそれこそが良い、と私は思っている。誰も自分のことを知らない地で何もやることがないという意味で、気軽に「束の間の孤独」が味わえるのだ。
大学生の時、当時付き合っていた彼女と別れ、失意の中一人で青春18きっぷを使い、鈍行列車に揺られて広島まで行ったことがある。夜、ホテルの部屋で外の車の走行音を微かに聞きながら、ノートに別れた彼女への思いをひたすら書き綴った。
今そのノートは誰かに読まれると死ぬ特級呪物、危ない今すぐ焼き捨てろ!という物になってしまったが、あの時あの安いビジネスホテルで一人になれたことで自分の気持ちが整理できたような気がするのだ。一人で考え事をしたい時、人付き合いに疲れた時は知らない地のビジネスホテルに泊まると良い。
ただ問題は、そのノートが今どこにあるのかわからないということなのだ。
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