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極圏の露天採掘。

要点:ここではない何処かの空想。夢遊病への憧れ。極圏で凍る永遠。

凍りついた空気。重く沈んでいる大気。夜の芯が成層圏を貫いているはずなのに、地表で固まった雪の照り返しで、あたりはうっすらと明るい。地平線の向こうまでツンドラが続いていて、生命のざわめきは耳を澄ましても聴こえない。そんな極圏の雪原を行進するのは夢遊病の僕らだけだった。

夜空は曇天に覆われていて、地表にも目印がない場所なのだけれど、僕らには向かうべき方角がわかっていた。僕らはいつも孤独な衛星を覗き見て、レンズに写る露天採掘の巨大な暗がりを眺めていたのだから。

破れたフェンスを抜けて、僕らは目を瞑ったまま行進を続ける。フェンスの針金が僕らの寝着を突き破っても、手足が擦りむいても、それらは僕らに極圏の記憶を刻みつける喜ばしいものだった。

かつて労働者を照らしていたであろう錆びた青白色の鉱石ライトが、極圏にぽっかりと空いた廃鉱へと降っていく僕らの影を岩肌へと映している。螺旋状に続く円周を降る道。スキップで進んでいく僕らの影。僕らの昂りに呼応するように夜は更に深みを増して、朝の気配を遮断するのだった。

食虫植物の底へと向かう羽虫のように、僕らは掘り抜かれた永久凍土を降っていく。抗えない魅惑に向かって前進することは、あらゆる理の中でもっとも甘美なものだ。

底に着くと、野ざらしに放置されたつるはしを拾って、僕らは採掘を始める。銀河の残り屑が永久凍土には埋まっている、誰がそんなこと言ったのか定かではないけれど、その欠片を求めて僕らは毎晩ここに終結する。

手が痺れるくらいまで掘ったら、つるはしをそこに置いて、僕らは帰り支度を始める。いつも永久凍土を削るのだけれど、暗い凍った石くずを散らかすばかりで、何も目新しいものは見つからない。ただ、僕らにとって、それは問題にはなり得なかった。

地表に戻ると、僕らの潮時が迫っていることがわかる。東の地平線のほうの空の色が薄くなってきている。僕らは名残惜しさを感じながらもそれぞれの寝台へと帰っていく。

極圏は僕らの安定剤であったけれど、僕らの骨を埋めるべき場所でもあるのかもしれない。マンモスの牙の隣で数万年分の夢を見ることが、僕らに許されているのならば。


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