詩と夜釣り

要点:都市の無機質な明るさ。詩人とは寝台に横たわったまま、夜の砂浜で釣りをする空想をすること。

僕らは詩人になりたかったのだ。自分の定義する詩人とは何なのだろう。

都市が集める孤独のなかで、蛍光灯に照らされながら横たわっていても、首元に当てた寝具越しに自らの脈を感じる。

そうして目を閉じると、意識は都市の底へと続く螺旋階段を降り始める。緑暗色の非常灯に羽虫が当たる音と、金属質の階段を降る自らの足音。繰り返される螺旋によって、方向も失われていく。都市と曇天で書き消された北極星はとうの昔に不可視へと撤退していた。

微かに潮騒が聴こえてくる。螺旋階段を進む度に、寄せては返す太古から変わらない音が少しずつ大きくなっていた。砂の感触が螺旋階段の終わりを知らせた。少し湿っていて、ひんやりとした砂は、踏みしめる度に、何か期待してもいいような、そんな優しい郷愁を与えてくれる。

都市の底には浜辺が広がっている。夜の時間帯にしか辿り着けないその場所では、宝石のように鮮やかな銀河が、水面を照らしている。

背負ってきた釣竿を用意する。針の先には自らの脈をくくりつけて、海の深いほうへ投げ込む。水音が少しはなれたところでしたあとに、仕掛けが底に着く感触があった。こうして自分自身を活き餌にして、都市の底の、更に海底に沈んでいる何かを釣り上げようとする試みが繰り返される。未だかつて何かを釣り上げたこともないし、何かが釣れる兆しもない。

ひとしきり満足すると釣りを切り上げ、螺旋階段を戻っていく。朝が来る前に僕らは寝台に戻らねばならない。

勘違いしてはならないのだけれど、社会が僕らに郷愁を許さない訳ではない。社会は一定の間隔で機械的に進んでいくものだ。乗り遅れることを許さないなんてことはなく、乗り遅れるのは僕らの自由だった。でも僕らは社会に乗り遅れないように少しばかりの規律を自らに課しながら、こうやって逃避を試みる。何処へも逃げることはできないのだけれど、逃げる空想をすることで、何故か僕らは少しほっとするのだった。

そんなことをしているうちに都市の無機質な明るさは白み始めた空によって力を失っていく。カーテンの下から漏れ出す光を合図にして、僕らに乗り移った詩人は別の夜へと旅立っていく。脱け殻になった僕らは僅かに残った自由の余韻を大切に楽しむのだった。

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