夜の雫

要点:透き通った夜の底にあるもの。

蛍光灯の光が眩しい。時間の流れは生ぬるく停滞している。

雲の隙間を想う。僕らは真夜中に月が雲を捕食する姿をいつまでも飽きずに見ている。

透明標本みたいに鮮やかに染色された夜は確かにあるのだと感じるけれど、この干からびた角膜にはそれは決して写らないのだろう。

目を閉じて耳を塞ぐと、肋骨の底に沈んだ夜が、濡れたガラス越しに見る景色みたいに抽象化されて、屹立している。夜は計り知れないほどに高く聳え、球形の時間を覆っている。

夜に依存する僕らは、夜の中で窒息しそうになる。夜に肺を冒されてもなお、夜を求めて空を仰ぐ。けれどもそこには求めている夜はない。

廃棄されたどこにも繋がらない下水道。そこに秘匿された一編の詩。

錆びて壊れたブランコがある公園。そこに埋められたまま忘れられたタイムカプセル。

廃線になった駅舎。そこに書かれた無意味な落書き。

こうした性質のものが夜に沈んでいるのを僕らは期待している。こうした魔術的幻想を伴う事物だけが僕らの依り辺となり得る。こうした魔術的幻想が現れるのを待ちながら、僕らは虚ろな家畜みたいに、ただただ都市の夜に撒き散らかされた餌を食む。

給餌器に繋がれた、家畜がみる夢。そこには精錬された夜の雫がほんの数滴残っていた。

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