天井に隠されたもの

要点:本当に書きたいこと、寝台から眺める天井の意味。

僕らはここではない何処かに憧れている。ここではない何処かが多層的に描かれた物語を本質的に欲している。

僕らはここではない何処かでひとりぼっちで何かを憂いていたいし、そこで憂う対象は、やはりここではない何処かで起きた(実際には起きていない)悲劇でなくてはならない。

ここではない何処かで、自分の分身がひとりぼっちになることを想って、僕らはなぜか安堵する。

泉鏡花の義血侠血だったり、坂口安吾の桜の森の満開の下だったり、スタンダールのパルムの僧院だったり、とにかくそういった自分の分身でありたい主体が、孤独に取り残される物語を、僕らは欲している。

願うならば、ひとりぼっちの存在が、そういった孤独に取り残される物語達を、粛々と朗読して、そうして最後に灯台から暗い海に身投げをして終わるような、そんな純度が高い多層的な悲劇を求めている。

死ぬこともできないまま、倦怠な日常に溺れている僕らは、そういった手段でしか、心の汚れを取り払い、痛々しく透き通った状態を保つことができないのだから。

僕らの憧れは、自らが筆を取って、そういった鎮痛薬を描き出すことだ。

本物の鎮痛薬ができたならば、きっと僕らは痛みを忘れて、消えていくことができる。

だから僕らは寝台に横たわったまま、暗い天井を見つめている。天井の向こう側には、僕らに掘り起こされるべき秘密の悲劇が埋まっている予感がするのだ。

不眠症と夢遊病の狭間にだけ現れる採掘鉱を見逃さないよう、僕らは夜が白み始めるまで、天井を見つめ続ける。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?