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苦手なことは、才能

世の中には大きく分けて2つのタイプの人間がいます。
会社に所属し、会社の為に自分の能力を使い
給料をもらうか
自分で事業を起こして利益を作るか。

今なら、どちらも。という器用な人もいるかもしれませんが、大概はどちらかに当てはまるはずです。

人生ゲームのように自分のタイプを見極めて
進めないと、この世界線は苦しいゲームに強制参加することになるのは確実。


会社に所属し、能力を発揮できているなら
そもそもこんな事は考えないでしょう。


わたしは組織に属することが苦手なタイプだと
自覚はありましたが
だからって事業を起こして能力を発揮できる訳じゃない。
と中途半端に理由をつけて
保身でだらだらと雇われる方にいました。


何であれ、今が苦しいって事は、
何かが違っているんです。
わたしは自分の体の不調から
やっと自分を見失っていることに気づきました。

その後、どうしたかというと
普段やらなかった場所の掃除をしたり
身の周りの整理をして要らないものは捨てて
なるべく仕事のことは考えず
お笑いや好きな中国時代劇を見たりして
過ごしました。



よく、片付けたり物を整理すると運気が上がるとかって聞くけど理屈としては、
今まで上手くいかないような気分を切り替えて
望む方向に思考を向けるから、
現実として上手くいくような現象が見える。という事だと思う。


片付ける、っていつもだらだらしている自分にとっては癒しになりました。

①深呼吸する
②自分が癒されることをする、自分を責めたり
反省しない

しばらく、元気が戻るまで
これだけに集中することにしました。


会社に所属するメリットはきちんと毎月お給料が出ること。
仕事があるだけありがたいとは思うけど
同時に疲れを感じるのは
自分以外の何かに動かされているからです。
「なんのために」が自分で確認できてない事って
どんな事であれ、指令にしか感じないんですね。



言われてやるって
本当は自分ではやりたくない事。
当たり前のような事に改めて気づいたんです。
今までは見て見ぬふりをしていたんですよね、
報酬を得るには仕方がない、そうしなきゃ生きていけないから。と信じこませていた。


雇われる、という生き方を選ぶのであれば
誰の、どんな思いに共感するのか、が
はっきりしなければ自分の気持ちは動かないんです。
気持ちが動かないことは、成果にはなりにくい。
雇われる側は、旗揚げの主を見極める目も必要です。


だけど、自分を無視するとどうなるか。
向いてないことをして、
ストレスフルになり、体は悲鳴を上げた。
その時にはっきりと分かったことは
合わない、を知ってるなら
合うも知っていたということ。


それに、どこかに正解を探していたのだと分かったんです。
あるのかわからない正解探すのではなく
自分が決めた事を、正解にしていけばいいのだと
本当は知っていたのに。

体が理由で半ば強制的にでも安定を捨てることで
じわりじわりと得た
不安定と隣り合わせな自由の快感。
その自由を得るために必要なのは
自分に対しての素直さだけでした。


向いてないことはいくらやっても
向いてないから上手くならないんですよ。
向いてたら勝手に上達するし、楽しくなるもの。
それだけは確かです。


あんなに唸って努力して頭の中で思考がいつもいっぱいの頃。イライラしていたし
家に帰ればぐったり。家族にも優しくできなかった。

でも、そんな生活はおかしいとは感じていました。
お金のため、家賃を払うため、生活するために働くなんておかしいじゃん。と。

それなのに、あんなにしがみついていたのは
出来ない人だと思われたくなかったし
無能な人間だと自分で認めたくなかっただけでした。
向かないことは、自分の心身が気づいているんです、本当は。

無能だっていいじゃないの。
裏を返せばそれが才能でもあるのだから。

もっと楽にいこうよ。



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