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チクっと一刺しすればいい

カレは隠し事をする。正確に言えば、隠し事ではなくて、ただ話さないだけだ。

どうして話さないのかと尋ねると、

「雰囲気が変わるのがわかるから、それが、苦手なんだ…」

ぼそっと呟いた。

ワタシから寂しさと悲しさと妬ましさが手に取るように溢れ出てしまっていたのだ。それをダイレクトに受け取ってしまっていた。

お腹がいっぱいになる感覚がまるでない仔犬のようにカレを貪りたいワタシは、
「話さない」をされてしまうとどこか不機嫌になる。

もっと知りたい、もっと触れたい、もっと聞きたい、もっと交わりたい、もっと、もっと、もっと…

いつだってワタシは、もっと、もっとといって欲しがりで、欲張りなのだ。

カレにはカレがとても大切にしているものがある。ワタシには触れられたくないもの。カレの絶対領域。

別に踏み込みたいなんて微塵も思っていないのにな。

「キミが僕からいなくなるのなら、それは仕方がないことさ。僕からはいなくはならないけどね。」

そんな、ありきたりな廉価な言葉は、気休めにすらならない。

胸の奥から膣を通って、一気にぎゅうっと身体中が真空状態のようになっていくのがわかる。

苦しい。

それならいっそ、忘れてしまおうか。

膨らんだ気持ちには、チクっと針を一刺しするだけでいい。

もう一度目を瞑って少し待てば、新しい世界がきっと始まるのだから。


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