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「知識」が欲しいってどういうこと?

いまの段階で必要な
知識が徐々に満たされてきたからか、
学ぶことへの貪欲さが少しずつ薄れてきた。
 
知識はたしかに大事。
 
これからどういう世の中になっていくのかとか、
どうしていくのがいいのかとか、
どうしたら生きやすいのかを
知ることは大切。
 
だけど本質が感覚派の人にとっては、
知識を身に着けても
実践できていなかったり、
腑に落ちていないことも多くて、
まるで実践できないこともある。
これだとあまり意味がないよね。
 
ましてや自分の言葉にならないまま
鵜呑みにしていたら、
ただの知識の持ち腐れになるよね。
 
つい「それは知ってる。けど…」
という状態になりがちで、
いざやろうとした時の
先立つ将来への不安感や
挑戦していくときの躊躇はなくならない。
 
実践していくことでしか
受け取れないものもあれば、
知識や感覚が腑に落ちていない時に
せき止めるものってたくさんあるからね。
 
いきなり実践を積み重ねていくことが
怖いなら、
遊び感覚や体感覚から
自然と受け取れたものを
自分の日々に活かしていくほうがいいなぁ、
と最近では思う。
 
表現アートセラピーの方が
ただ伝えるセミナーよりも
その点いい!と思うのは、
そういう経験を
遊びとアートの感覚で楽しみながら、
自分がどう感じるか、
何をそこから自分のものにしていくかを
感覚的に落とし込めるからだと思う。
プチ経験をその時にしているんだよね。
 
自分の直感や感覚から選んだ
色、形といった表現が、
「今ここ」の意識を捉えていく。
それがどう展開していくか、
何をそこから受け取るかも
自由に選べる。
 
その点、小さなアートの表現から
得られる経験のほうが、
どんなに優れた知識の講習体験よりも
受け取れる内容が違うのかもなぁ。
 
昨日経験を共有する機会をいただいた結果の、
正直な今の私の感想。

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