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【51/1096】問い続ける力

51日目。できるかなのノッポさんが子どものことを「小さい人」と呼んで尊重している、と言う話を思い出した。なにかのインタビュー記事で読んだのだが、とても心温まる良い記事だったなあ、と思い出すだけで、なんかよい気分になった日。

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自分の事業の見直しをしている。
これからどう仕事していくか?
何を大事にして、どんな風に生きるのか?
それを、ひとりでやりつつ、同じような仲間たちと一緒に、取り組むという共創フィールドというプロジェクトに参加している。

ここで、毎回のワークを一緒に作るのをやらせてもらっているが、このワークは「常に問い続けている」ものになっている。
人は、みんな自分の中に答えをもっている。
答えは人それぞれ違い、その人の中から出てきた言葉で、表現されることが大事だ。
その答えを導き出すためには、「問い」かけるしかない。
この問い続けるというのは、けっこうなエネルギーがいる。
問いを考えるのもそうだし、問いに答えるのもそうだ。
ひとりで問いを立て、ひとりで考え抜き、ひとりで答えを出せる人もいるだろう。
しかし、凡人はなかなかそこにたどり着けない。
まず、問いが凡庸になるし、考え続けられないし、答えまでたどりつかなかったりする。(←自分のことですが・・・)

しかし、自分ではない誰か、「人に問われる」となると違ってくる。
同じ問いも、人から問われて、答えて、それを人に聴いてもらえると、考えがどんどん進み、ひとりではたどり着かなかったところにたどり着き、そこから自分の答えを見つける。
いったん今、最善のもの。これからまた変わるかもしれないけど、出してみたからわかるもの。
そこは、問われなければ行きつけない場所だ。

安全で、見守ってくれる仲間のなかで問われると、可能性がひらいていく。
お花が水をたっぷり吸って、太陽の光を浴びて、ぱあっと開くように。

それを見ると、わたしもがんばろう!という気になるのだ。
やる気になる。
楽しんで、頑張っている人のそばにいると、それだけで励まされる。
しかも、本気である。
自分もそれに影響を受けて、思ってもみなかったことが出てきたり。
今までぼんやりしていたことがくっきりしてきたり。

問い続ける力は、すごいなと思う。

そして、自分のような、散らしまくってぼやかしてしまうのが得意な人は、逃げ道ふさいで、問われる必要があるのだと痛感する。
でないと、いつまでたってもぼんやりしているので。。
ただ、逃げ道ふさがれて、問い詰められたらたまったもんじゃないので、その場が自分にとって安全なことは超重要!
そんな場があってよかった。ほんとありがたい。感謝しかない。

問われながら、何度も覚悟を決めながら、なんとか進んでおります。
もう少しで、形になる予定!
うう、楽しみだ。

ではまたね。

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