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【映画鑑賞記録】サンドラの小さな家

DVから自立して生きようとするサンドラの物語。

原題はHerself

夫の暴行シーンがサンドラのフラッシュバックのたびに出てくるので、
苦手な人は観るのは難しいかも。

※ネタばれして書いています。
奪われた人生を一つ一つ取り戻すように、家を建てる。
自分のちからで。
周りに助けてもらいながら。
孤独だったサンドラがコミュニティの中で生きていく。

映画は、ふたりのまだあどけなさが残る娘ふたりとサンドラが、一緒に歌い、踊り、笑い合っているシーンから始まる。
そこに夫のガリーが帰ってくると、その空気は一変する。
「ブラック・ウィドー」と長女のエマに告げたサンドラが扉を閉めると、娘は一目散に駆け出し、扉の中で地獄が待ち受ける。

そして、サンドラと娘のエマとモリーは、ホテルで仮住まいすることになる。
公営住宅に申し込みしているが、リストは623番め。職場や学校への送り迎えで週に30ユーロもガソリン代がかかる。掃除とパブの仕事を掛け持ちしているが、時間にいつも追われているようだ。
ホテルもドアマンから「ロビーを通らないように」と注意され、エレベーターを使えない。公営に入れるのは何年も先だから、賃貸住宅を探すと、ひどい部屋を紹介される。「ここならすぐに入れる」と案内する不動産屋に「恥を知って」と言うサンドラ。子どもと一緒に暮らすと探している部屋で、あのような物件を紹介するのは、サンドラを見下しているからだ。
アイルランドでもこのような差別的な扱いなのか、と驚く。

そんなときに、サンドラはエマの語る物語からヒントを得て、自分で家を建てることを思いつく。市の土地を借りて、今自分が受けている支援を使って家を建てることはできないか?と動き出す。市役所では無下に断られる(受付の女性の表情は秀逸だった)が、清掃の仕事をしていた家のペギーが、裏庭の土地を提供してくれるという。
そして、だんだんと協力してくれる人たちが集まってくる。
サンドラがひとりずつ、声をかけて。助けを求めて。無理じゃなかったら、興味があったら、もしよかったら、そんな風に。
声をかけるのには勇気がいる。断られるし、無理だと言われるし、なかなか突破口がなかったりする。
それでも、支援を必要とする人が、声を上げ続けるしかないのだ。これも世界共通なんだなと思う。

一方で、加害者である元夫ガリーは変わらない。
絶望的なほどかわらない。
娘たちを面会させるために、毎週末ガリーの家に送り届けなければいけない。ガリーに会うたびに、暴行のフラッシュバックで苦しんでいるサンドラ。サンドラが何も言えないでいると、猫なで声でなだめたり、「クソ女」とののしったりする。
ある日、ガリーはルール違反をしてサンドラたちのいるホテルに会いに来る。夕飯を持ってきたから受け取れ、無駄にしないでほしいと。やさしさに見えるが、これは暴力なのだ。サンドラが断れないように仕組んでいる。「元のように暮らそう」とガリーは簡単に言う。どの国でも起こっていることだ。

モリーがガリーとの面談を嫌がるようになる。
車を降りたがらないモリーを、無理やり引きずり出そうとするガリー。自分には子どもと会う権利があると振りかざす。
なぜモリーが嫌がっているのか?を考えもしない。彼にとって、すべてはサンドラが悪いのだ。
モリーは、ガリーのサンドラへの暴行の一部始終を見ていた。面前DVは子どもに非常に深刻な傷を残す。ガリーと会うことはモリーにとって傷を深くすることだ。

サンドラは、自分の手で家を建てる。
自分たちの手で建てる家は、簡単ではない。それでも、みんなの力を合わせて作業は着々と進んでいく。
家を建てるシーンの音楽が印象的。

サンドラがイラついていて、作業しているときに、エマが作業場に入ってくる。抜いた釘でけがをするエマ。
エマはガリーから預かった写真を手渡そうとして、サンドラに近づいてきたのだった。出会った頃の中のよさそうなガリーとサンドラが映っている写真を見て、泣き出すサンドラ。
「ガリーが恋しい。出会った頃のガリーに会いたい」という。
努力はしたのだ。10年間。
「どんなに努力しても、通用しない相手はいるわ」とペギーが慰める。

モリーが面会をしないことを盾に、ガリーは親権の訴訟を起こす。
サンドラはひどく動揺する。娘たちを奪われたら、なんのための家なのか?と。

法律はガリーの味方だと女性支援団体の人がいう。冷静に、感情的にならずに話さなければならない。感情的にならない真実などない、というサンドラに胸が痛い。
法廷では、サンドラが悪者だ。モリーに面会をさせず、エマにけがをさせた。家を建てていることを隠し、公営住宅のリストに残っていて詐称している。母親としてふさわしくないと糾弾される。

いったん休廷となったとき、トイレでペギーが「自分が大変な時に子どもを気にかけてあげられる人はなかなかいない。あなたにはそれができた。そのことをわかってもらうのよ」とサンドラに諭す。力強い。

この法廷では、くだらない質問ばかりする。
「なぜ逃げなかったか?」
「なぜもっと早く離れなかったか?」
「なぜ娘に会わせなかったか?」を聞く前に、
「なぜ、夫はサンドラを殴るのか?」を聞け、と。
それは、証拠があって明白な事実なのに、まるでなかったかのように、サンドラを悪者にする法廷なのだ、ここは。
モリーがガリーの暴行を見ていたことを伝え、母親だから何度でも子どもの話を聴く、と訴えるサンドラ。
この法廷シーンは、非常に見ごたえがあった。
そして、ジェンダー指数ランキング9位のアイルランドでも、DVに対する法律や施策、裁判はさほど変わらないのだなと思う。

サンドラの家が完成する。
娘たちの部屋、小さいけど使いやすいキッチン。
光の入る窓。
自分の居場所がある、ということがどんな人にも大切なのだ。

夜、お祝いをしている。
サンドラが歌う。
みんなの前で。
その最中、「ブラック・ウィドー」と娘が入ってくる。

ガリーがサンドラの家に火をつけたのだ。
完成した家が、めらめらと燃えていく。
ここまでDV男に救いがないのは現実と同じか。
変わろうとして、変わらない限り、救いはこない。

何日も眠り続けるサンドラ。
「子どもの頃に、妻は殴るものだと覚えたのね。あなたは自由よ」とガリーの母親がサンドラのベッドサイドでそっと言う。

燃え尽きた灰を笑顔でかき集めているエマとモリー。
すべてが灰になっても、サンドラには娘たちがいる。
支えてくれる仲間たちもいる。
サンドラは何度でも立ち上がるだろう。



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