発達障害の息子を持つ私が放課後デイで働くわけ

ふと気づけば
新しい年を迎えてしばらく経ってました

私は元気です

その間に冬休みがありまして
冬休みといえば
私の仕事場が忙しい時期です

私は放課後デイに勤めてます

なぜここに勤めるようになったのか

むしろ、子どもがお世話になるんじゃないか
そんな感じですが

そもそも息子は放課後デイに通ってました
2年間くらいかな

そして、辞めてからは久しいです


息子に診断がおりてから
私は発達障害というものはなんぞや

どうやったら良くなるのか
ということを割と色々勉強しました

本を読んでみたり
講座も受けたりしました

そして、出た結論…

発達障害自体は治らない

でも、ある程度環境を整えることで
その特性が出にくくなることはある

環境を整えれば
その子がのびのび過ごすことができ
いいところを伸ばすことができる

そんなふうに思いました

とはいえ
私も普通の親なので
イラっとして息子にキツイことも言います、未だに

でも、普段の関わり方もありますよね

そこでカバーしています(というつもり)


さて、そんな私がなぜ
放課後デイで働いているかということでしたね


サービスを受ける立場でしたが
息子が放デイに行くようになり
そこでの先生のご尽力もあり
息子は明るくなっていきました

小さい頃はコロコロよく笑っていた息子です

小学校に入ってから
暗い顔をしたり
自分の思いをうまく伝えられずに
暴れてしまうことが多くなりました

自己肯定感ゼロになり
口癖が「どうせ僕なんて」

私が「〇〇にはこういういいところもあるんだよ」と言っても
「どうせ僕なんて」といい
頭を壁に打ちつける日々でした

やがて不登校になり引きこもりがちになり

そんな時に通い始めたのが
作業療法のための病院と
放課後デイでした

少しでも社会とのつながりを持っていて欲しいと言う私の意向もありました


そこで触れ合った先生方が
とても暖かくて
保護者である私も心安らいだものです

「私もこう言う立場になれたらな」
といつしか思うようになりました

もちろん息子が落ち着かないと働けないのですが

息子が落ち着いたのは離婚してから

と言うより、元旦那がいるときは
たまに仕事途中で彼が帰ってくることもあり
顔を見るたびに何か小言を言われたり
酷い時には罵倒されるので
私が家にいないときは姉と二人で
ビクビクして過ごしていたのです

そんな中、私が長い時間働くことはままなりませんでした

離婚してから、家庭環境が良くなると同時に私がフルタイムで働かないとやっていけなくなりました


そんな時に見つけたのが今の仕事の前の仕事
児童発達支援のお仕事でした

幸い私の持っている教員免許が役に立ったこともあり
そちらの職につけました

その職場では色々あって辞めることになったのですが
次を探すのも同じような仕事を探しました


と言うのが始まりです

実際働き始めて
子どもとの触れ合いが楽しいし

親御さんと話すのも楽しいし

そのお話の中で親御さんも楽になってくれたらな…と
同じく当事者の保護者として思うわけです


自分で「天職」だと思います

しかし、出会うのが少し遅かったかな。とも思ったり

でも、出来るだけ長い期間
こう言うお仕事で働いていきたいな、と思っています



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