見出し画像

挑戦をし続けるという罠

私は20歳くらいのころから

”自分に対して無理ゲーなことに挑戦する”

という課題を掲げて
挑戦し続けていました。

ーーー

始まりは、マラソン。

子どもの頃に発症した持病で
長距離走ることは不可能でした。

自分には向いていない

という言い訳をつけて

やってこなかったので

重い腰を上げて

「その無理難題を克服してみよう!

と、「歩く→走る→歩く→走る」から始めて
結果、ハーフマラソンを走り切りました。

「やったー!なーんだ、やってみたら意外とできたんだ!」

というのが、感想第一号。

それから、、

・ダイビング→深い海が苦手だった。
・読書→活字が苦手。理解力は小学生低学年並み。
・登山→山に登る人の気が知れなかった。蚊も殺せない虫嫌い。

他にも数知れずの挑戦はありますが、

どれも、今も続く私の趣味の一つになっています。

ーーー

周りからは、

「挑戦するとか、すごい。」
「本当、偉いね。」

と言われますが

これを何度も続けていた本当の理由

心の奥底にいる

”小さい頃の私の叫び”

でした。

何度か幼少期の私は良い子を
演じていたという話をしていますが、

その良い子の本当の望み

母親に、私そのものを認められたい

ということだったのです。

だから、何度も何度も挑戦して

できるをアピールして褒めてもらう

そうすることで

自分を満たそうとしていました。

ーーー

その後、長女を授かり、
子どもを連れて実家に帰るようになった時、

ふと、子どもの頃の話になり、
母親と本音で話す機会がありました。

その時、

・母がどんな気持ちで私たち3人を育ててきたのか、
・どんな苦労があったのか、
・どうして離婚に至ったのか、
・父に対する怒りや義母に対する感謝、

今まで見たことのない顔で
過去、母が抱えていた悩みや心のうちを
話してしてくれました。

でも、一番は

食べさせていかなくてはならない使命が先頭立ち、
私たちに愛情をかけてあげられず、苦しんでいた

という後悔が残っていると話してくれました。

それを聞いて、

悩み、苦しんでいたのは私だけではなく
母も同じだったのか。

と、私も母の立場になって、
その心情を理解することができ、

母は、こんなにがんばらなくても
いつも私を愛してくれていたんだ。

そう気がついて

母と心からハグして、涙と共に
小さい頃の私の叫びは消えていきました。

ーーー

こうして、気がつかない間に
心を満たす努力を続けていたのですが、

本当の望みが叶ったことで
一気に肩の荷がおり、

無理をすることはなくなりました

とはいえ、

自分の壁を越えること自体は

向上心があって、チャレンジ精神があり
とても素敵なことだと思いますし、

やりたい時は、今でもやります。


でも、今は母親に認められたい私はいません

単純に、

乗り越えた先には新しい世界が待っている。
そのワクワク感を単に楽しんでいる。

まだ見ぬ世界に、
あと何度辿り着けるか。

私は、自分の心赴くまま
人生の冒険を続けていきます。

Mayumi🦩


-------------------------------


公式LINEでは 心を整えるポジティブ子育てbookをプレゼント中です。

下記のリンクより登録して、お受け取り下さいね。
お役に立てると嬉しいです。

https://lin.ee/WTRQUTs

この記事が参加している募集

この経験に学べ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?