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第二波に挑む前に〜「傳」長谷川在佑さんに聞く

長い忍耐の時を経て、
まだ感染者は出つつも、ついに「一応の日常」へと舵を切った東京で
私は今日も、食や暮らしを取り巻くモノ・コト・ヒトを追っています。

この2週間で3軒も、星付きレストランの閉店のニュースを耳にしました。
一方で、形態を変えて再出発するシェフの話も聞こえてきます。
世間がようやく「新しい日常」を迎え、元気を取り戻そうとしてる時に
さまざまな形で覚悟を決める店が多数、現れているようです。

これが飲食業界の現実なんだ

と、なんというか、食を楽しんできた自分や社会の無力感に打ちのめされるような気がします。

4月、政府による緊急事態宣言以来、
自粛閉店、営業時間縮小、客席数減少、テイクアウトやデリバリーの開始、
スタッフ解雇、食事券の発売、物販スタートなど
あらゆるレストランが、あらゆる手立てを講じました。
が、飲食業の苦悩は、3月からすでに始まっており
レストラン利用者が9割以上減った4月の影響は5月に現れ、
5月に悶々と悩み続けた方々の決心が、6月に形になり始めている、それが今なのだと思います。

げっそりするような気持ちを抱えながら過ごしていたある日、
日本料理店「傳」の料理長、長谷川在佑さんと話す機会がありました。
「傳」について説明をすると、当の長谷川さんは「うち、そんなすごい店じゃないですよ」と嫌がるのですが、
「ミシュラン」2ツ星、「アジアのベストレストラン50」では日本勢ではトップとなる3位にランクインしています。
私が最もいいなぁと思うのは、「アートオブホスピタリティー賞」という「最高にこのレストラン、居心地いい!!」という特別賞を、
「アジアのベストレストラン50」でも、その世界大会である「ワールドベストレストラン50」でもダブルで受賞しているすごさ。
“予約の取れない日本料理店”というと、なんだか凄まじい敷居の高さを想像してしまうのですが、「傳」はその逆で、
お風呂のように温かなサービス
おでんのようにしみじみさせる料理の味わい(おでんが出るわけじゃないけど)
店からの帰途で必ず感じる「なんだか今日は楽しかったなぁ」という思い

そんな魅力で世界中のフーディーを夢中にさせている店です。

数ヶ月ぶりにお目にかかった長谷川さんは
海の家でバイト中の学生さんみたいに日焼けしていました。
久しぶりにお会いできたうれしさと、昨今の業界への関心が抑えられず
メインの話題もそこそこに、私は「傳」の2ヶ月間について聞いてみました。

傳は、政府からの自粛要請に従いつつ、できうる限りの形で“変わらない営み”を続けています。周りの同業者もみなさん、最上の策をと考え抜いた上で、完全休業したりテイクアウトを始めたりされていました。僕は、自分たちの決断も含めて、すべてが正解だと思っています

と、長谷川さんは言います。
営業時間を縮め、通常の半分くらいに席数を減らし、それでも店を閉めなかった長谷川さん。
「自粛警察」なんて言葉が流行り、とんがった正義感で飲食店を攻撃する人もいたのではないかと思うのですが、長谷川さんは細心の注意を払いつつ、営業を継続するのに迷いはなかったと言います。
「傳」のような規模の店で営業を続けるということは、収入の確保とは真逆を意味します。東京の一等地に店を構え、スタッフも大勢いて、食材も最高のものを準備する。なのに客数は通常の半分どころかほぼ来ない日も。

見知らぬ人々から謗(そし)りを受ける可能性があり、なおかつ損失も大きい

なのに、なぜそのような決断を? と聞かずにはいられませんでした。
その答えは、「何があっても定休日以外休まないのが傳です」とのこと。
予約困難店と言われながらも、長谷川さんの頭の中には常に
「傳」開業当初の記憶が残っているのだそうです。お客さんゼロの日々が。

「予約が少ないからクローズするとか、こんな客数なら営業しても無駄だとかいう考えもあるだろうけど、僕は逆だと思う。この状況下、細心の注意を払ってまで来てくれるお客さんがいるなら、店は、安心して料理を召し上がっていただけるように最大限のことをしたい。だって、お客様はいつでも来てくれる存在ではないんです。こんな時こそやせ我慢できるようでなきゃ、料理人なんて続けていられません」

長谷川さんが口にした「やせ我慢」という言葉が印象的でした。

実際、「傳」は新型コロナウイルスが流行するうんと前から、店の営業存続に関しては大変な努力を重ねています。
例えば、店の厨房では常に、人気店の料理やサービスを学ぶために世界各国から来日して働く料理人が大勢いますが、彼らにはみな店から徒歩圏内に住んでいるのだそう。もちろん家賃は店の負担です。
「満員電車に乗って通勤するスタッフはここにはいません。感染リスクを防げるのはもちろんですが、台風や大雪の日でも店に来れるというのは、とても重要なことなんです」と長谷川さん。
時間的な余裕が生まれた厨房では、いつも以上に楽しげな“賄い”が調理され、「死ぬほど食べてね!」と笑顔で号令をかける長谷川さんの元、スタッフはチームワークを強めています。

スタッフたちに余計なストレスがなく、いつも美味しいものを食べて元気も好奇心もいっぱい。そしてこれまでのお客様との関係を温めつつの2ヶ月だったので、
「解除後、お客様は必ず戻る」という確信がありました。
なのでこの期間中はとにかく、変わらない日常をキープすることに徹していたそうです。

***

他国の大都市に比べて、東京や大阪といった都市の飲食店数の多さたるや、比較にならないレストラン大国、日本。
私たちはいつでも、安い居酒屋から高級レストランまで、その日の気分であらゆる料理を堪能することができました。
しかし、飲食店の数は20年前と比べると20万軒減っているのだそうです(「専門料理」6月号より)」。

実はこんなにレストランは要らない

という実情を数字が表してしまっています。そこに今回のコロナ禍。
飲食店のあり方について、店も客も考える時が来たのかもしれません。
すでに巷では、今後必ずやってくるであろう「第二波」のことが話題です。
それが目の前の現実として立ちはだかっている時に、
飲食店は春と同じ対策で挑むのか? 客として考えることはないのか?
常に「お客様と我々」という関係性をベースにし、ブレずに店を営む「傳」の姿勢に
かなわない強さや優しさを感じた午後でした。

冒頭の写真は、「傳」のシグネチャー料理「畑の様子」を私が家で再現したもの。
緊急事態宣言以降、食材生産者を助けたいと考えた長谷川さんが始めたのが
「一般の人でもプロ仕様の食材を安価で買える仕組み」で、
このサラダのレシピはYouTubeで公開するという工夫が実を結び
多くのファンが自宅で作り、店に行けない寂しさを楽しさに変えたそうです。私も、です。

#料理 #レストラン #第二波

フードトレンドのエディター・ディレクター。 「美味しいもの」の裏や周りにくっついているストーリーや“事情”を読み解き、お伝えしたいと思っています。