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ひとひら小説 今年最後の落としもの

とくべつ寒い夜だから、西友へ行って酒粕を買ってきた。紅鮭を入れて舞茸を入れて、石狩鍋を作ろうとおもった。ぜんぶ買って店を出たとこで気づく。

また、やってしまった。
石狩鍋はあの子の得意料理だ。

あの子には二度と会えない。
二つ先の駅に住んでいて、家も知っていても、二度と行かない。
世界で一人だけのひとだから、比べようのないひとだから。

オザケンが耳の中で歌う。
♩今日の帰り、恋に落ちたりして♩

そんなことが起こるかもしれないよ、そう言い聞かせて一年やってきた。
オザケンも言ってるんだし、オザケンは結婚したんだし。

一年間、いろんな人に会って、話して、ご飯を食べて、一年間かけてわかってしまった。
あの子は世界でただひとりの人。

「あの、あの!」
イヤフォンを外して振り向くと
「袋破れてますよ!」
「げっ」
点々と、石狩鍋の材料が来た道に落ちている。

とりあえず舞茸のパックと酒粕を拾い上げたら、声を掛けてくれたお兄さんが50mも離れたところから
「この鮭もですよね〜!」と紅鮭の入ったビニールを持って駆け寄ってくるところだった。
「あ、わ、あ、ありがとうございます」
「今日は鍋ですか?」
「あ、ハイ」
「いいですね〜、袋、大丈夫ですか?」
「はい、あの、ここに入れるんで、もう、ハイ」
肩掛けかばんに無理やり詰める。
お兄さんは、笑いをこらえた顔で
「なら、よかったです。よいお年を」
にこにこ、すたすた歩いて行った。

「よ、よいお年を!」
あわてて言うと、お兄さんはもう一度振り返って手をあげた。

なんでもっと、りんごとか蜜柑とか、可愛いもの落とさなかったんだ私、そ、そっか、鍋いっしょにどうですか?って言えばよかった、って言えるわけない。

あたふたした自分がおかしくなって、とりあえずイヤフォンをまたする。

♩恋ってやっぱり、恋ってやっぱり♩
オザケンがひじで私をつつく。

赤くなったのがわからないように、マフラーに顔をうずめて帰る。

はる、なつ、あき、ふゆ。
怖かった。
なにも変われない、と怖かった。
今だって、帰り道に恋に落ちたりなんかしない。

でも、もしかしたら、と思う心がこの年の最後に降ってきた。

よいお年を、
もう一度つぶやいた。

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