医師と舞踊家が語る道、人の身体と心、死、西洋と東洋、アートと芸能、そしてこれからの世界(後編)

バリアージ舞踊団創設15周年記念公演「道」*公演が延期となり2019年12月21-22日@さいたま芸術劇場となりました)の開催に向けて、バリアージ主宰の舞踊家Chie Noriedaと東大病院医師の稲葉俊郎氏が「道」について、人の身体と心について、死について、アートと芸能について、そしてこれからの世界について語り合いました。(企画・文章 山崎繭加)

バリアージ舞踊団創設15周年記念公演「道」(延期公演2019年12月21-22日@さいたま芸術劇場)のチケットはこちらから

前編こちらから

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アートは人間の再教育

稲葉:子どもが2歳なのですが、彼と一緒にもう一回自分の人生を生き直しているように思います。子どもの時は自分が何をしてもらったかは覚えていないけれど、こうやって僕は育ったんだな、ということを再体験しているし、生き直しています。

人間は子どもが生まれたら教育しなければいけない。これは人間が自分を再教育するように自然の摂理の中で仕組まれているということだと思います。他の動物は教育なんてほぼしないですよね。生まれたら一人前という野生の世界で。

大人になったときに自分を再教育しないと、変な方向、自然を壊す方向に行ってしまう。そしてその再教育は医療や芸術も担ってしかるべきだと思っています。例えばちゃんと感じて感動する。誰かが言ったから感動するのではなく、生で感動する。そういう再教育をする力を芸術は持っています。日本がそういうのを軽んじているのはというは残念ですね。

Chie:アーティストはそういう危機感を持っているから、きちんとやっているのだけれど、身銭を切るので...。

稲葉:例えば、社会サービスの一環として文化芸術を捉えている国はヨーロッパに多いです。道路を造る、公園を作る、と同じこととして、劇場を作る。芸術の提供に税金を使う、ということです。

こういう国では、劇場で公演をする際には助成が出るので、お客が入らなかったとしても、そのアーティストも劇場も損をしないようになっています。だからアーティストは宣伝に奔走する必要がなく、本当にやるべきことにチャレンジできる。宣伝は周りの人、地域の人がする。そういうのが健全な社会だと思いますが、日本はそういうところからほど遠いから、僕は本当に暗澹たる思いで。そういうこともちゃんと言っていかないといけないと思っています。

Chie:稲葉先生、素晴らしいです(笑)。

稲葉:教育という文脈に載せれば、政治家にとっても、そんなに突飛な話ではないと思うのですよね。義務教育を出たら大人は完成品で最高級の品質かというと、そんな誰も思わないですよね。大人は再教育が必要で、アートや医療も教育の一環として考えたい。

バリアージのような舞踊も、いろんなものが渾然一体となって多様性が開かれていて、誰でも何らかのものを持ち帰ることができるよ、ということを伝えたいと思っています。

アートとエンターテインメントの間

Chie:バリアージはできれば「アート」と「エンターテインメント」のどちらかに偏るのではなく、その間をいきたいと思っています。

稲葉:両極があるからこそ中庸があって、それはしかも揺れ動きたゆたっている。時代とともに「アート」「エンターテインメント」という定義も常に変化する。人が求めているものも変化していて、その間、ということですね。

Chie:自分が表現したいものを表現したいですが、でも商業ベースにはしたくない。そこらへんは本当に難しいです。

稲葉:アングラ劇団的なところなら何をやっても良いですが、大きな劇場のようなところでやるなら、パブリック性とプライベート性をいいバランスでやっていかないといけないですよね。観に来る人には一般の人もアートよりの人もいる。どんな人にでも共通する何か、というところに到達していないと。

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遊びの大切さ

Chie:身体を使って自発性を養うプログラムを、2学期から小学校に教えに行くんです。

稲葉:いいですね。今、子どもの中に「遊び」がなくなっています。あやとり、けんだま、竹馬のような昔の遊びは、ものすごく複雑で、こうやるという理論では説明できない。でも今は、ルールが決まったボードゲームや携帯ゲームばかりで、本当の遊びがなくなってしまった。子どもは遊ぶ力を持っているのに、そこに価値を見出さない社会になったために、子どもはその力を使えなくなってしまった。子どもにしわ寄せがいっているんです。

この社会には、正解と不正解があって、正解の道を歩かなきゃいけないという集団幻想がある。ここから外れた人は落ちこぼれ、みたいになってしまった。そういう社会を作ってしまった。そこから子どもは学んでいるんです。そうじゃないよ、ということを大人がちゃんと示さないといけないです。変な社会を踏襲させないように。変な教育をしないように。

Chie:バリアージの最年少は小学2年生なのですが、バリアージに入って、どんどん感性が拓いて、何を感じているかを身体的に表現できるようになりました。

稲葉:ダンスの原型には、遊びのような楽しさ、自由さ、そして身体のままにやっているというところがあると思うんです。走り回ったり、ジャンプしたり。そういうのが一番楽しい。大きくなるとしなくなってしまうけれど。

身体と心

稲葉:泣くことも身体の浄化につながる。身体は泣きたいから泣いています。でも、そういう身体の論理を無視した頭の常識になってしまっている。身体としてはどうしていいかわからなくなっているんですよね。もっとはつらつとしていきたいのだけど、あらゆる禁止や制限がかかって、すごく混乱している。そして、ある日身体から反逆が起きて、病気になったりします。

Chie:心と身体は一つですよね。去年の9月に神戸に住んでいる私の父が余命3ヶ月って言われたんです。のどに転移して水も飲めなくて、胃ろうはしないと決めたのでやせ細って。

でも私は大丈夫だという確信があったので、踊るから観に来て、と東京に呼びました。そして徳島に最期かもしれない旅行にいったんです。鳴門のうず潮を見ている時に、父が「なんで、俺が死ななあかんねん」って言って、そこから少しずつ変わっていきました。父は料理人なので、東京で古民家を借りて、父が料理を作って私が踊るという企画もやったり、次の舞台、次の舞台、と呼び続けました。そうしたら今や、お寿司も食べるし、居合いもやって、元気に生きている。

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稲葉:僕も「いのちを呼びさますもの」というタイトルで本を書いたことがありますが、それは今Chieさんがおっしゃったイメージです。人間の命は本当の天寿をまっとうするまで、燃えて生きている。あと余命何ヶ月と思ってしまうことで、それにストップがかかることもある。本当にだめなときはだめだから、ストップをかけるのではなく、それまでは命を呼び覚ましてほしい、という想いで書きました。そこに先ほどお話したような芸術と医療の接点のことや、能楽のことも書いています。

西洋医学の限界からの能

Chie :もともと稲葉先生とはお能の教室で出会っていますが、先生はなぜお能をやっていらっしゃるのですか。

稲葉:西洋医学では「死」というものを全く扱っていないんです。生きている人だけが対象で、その人が亡くなったら対象外になります。実際医療者として現場に出て、このことにものすごく違和感を覚えました。必ず人に死は訪れるのに、西洋医学の教科書にはそのことは一行もさかれていない。

そして、誰が死というものを真っ正面から受け止めたのかな、と、日本の歴史をさかのぼってみたら、それが能だったのです。生命と向き合う医療者として、死というものを考えたとき、能が一番すごいと思いました。

でも、学校では、能というのは伝統芸能で、装束を着て舞台でやるものです、というところで終わりますよね。なぜ人々はあれを必要とし、創り、求めてきたのか、という人の心に沿った説明が何もない。形の説明しかありません。

では、なんで人は能を生み出さざるを得なかったのか。それは、人間は必ず死ぬし、全員がハッピーに死ぬ訳ではなく思いを残して死ぬ場合も多い。そしてこれはみんなが気になることです。それを受け止めて、死を無駄にしないようにしていきましょう、という巨大なムーブメントのようなものだったのではないかと。それでただ観るだけでなく、実際に自分もやってみたいと思いました。

能でもダンスでも、誰かの強い想いがあって、この現実世界に現れたわけです。原点に戻ってなぜ私たちはこれを生み出したのか、ということを考えると、能に切実な人間の問いを感じたのです。死に対してどうするか。遺された人間はどう生きるのか。それに寄り添うことが、観阿弥さんや世阿弥さんが僕らに本当に伝えたかったことではないかと。

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Chie:私はあそこまで削ぎ落としたものの最後に残る精神世界を知りたくて能の世界に入りました。

稲葉:あれだけ抽象化された世界はすごくかっこよいし、逆に想像力が働く。何もないほうがこっちの想像がかきたてられて楽しいところがあって、僕はどっちかというと、創り込まれた舞台より、抽象度が高いものが好きです。

Chie:これまでの演目もいつもなぜかお能とのつながりがありました。今回の公演「道」もそうです。能を伝えるという使命があるのかもしれません。とはいえ、でも完全にお能の世界でもないし、完全にバリ舞踊の世界でもないし、完全にコンテンポラリーダンスの世界でもない。いろいろなエッセンスがつまっています。

最初は不安でした。こんな付け焼き刃で、お能の美味しいとこだけ取って入れ込む、というのはお能の人たちにとって失礼なことなんじゃないかと。

稲葉:能は芸術の母体みたいなもので、みんなそこから取ってきています。歌舞伎なんてまさに能をエンターテインメント化させたもので、能はそれを許したわけです。能にはそういう懐の深さがありますね。

神に向き合うための儀式性

稲葉:僕は能における儀式性が大事だと思っています。海外の人に能を説明する時に「ミュージカルみたいなもの」と言う人もいますが、それは全然違う。ミュージカルと能が一番違うのは、儀式の要素なのではと思います。能は神社で行われている儀式に近いし、お金も2.500円のチケット制ではなくてお賽銭方式。お賽銭だからある人は出せばいいし、ない人は出さなくてよい。そういう形態の中で最初は神様に向かってやったものが、少しずつ形を変えて今に至る、と。

神というのはものすごく強大なものです。そういう霊的な世界の神というものに一対一で対峙するときには、我を忘れないために、自分が壊れないようにするために、ある種の所作が絶対必要になります。

能では能面をつけて舞います。そして能面が死者を召還します。能で魂が入った演技というのは、死者の霊魂が入ってくるという意味になるから、ある意味で恐ろしいことなんです。自分を守るために、能面は必要なのです。

Chie:私も何回かあるんです。俯瞰の自分もちゃんといるんだけど、何かに踊らされてそれに身を任せているという自分もいる。楽屋に戻った瞬間に5分ぐらいばたんと倒れて放心状態になったりして。それを何回かやっているうちにまずいなと思ったんです。自分の中にちゃんと軸を持たないと、本当に壊れるな、と。

稲葉:そういう経験値が儀式的な所作として残っていったんでしょうね。仮面を外すという所作のなかにも、例え憑依が起きたとしても仮面を外したからこの世界に戻ってくる、という儀式になっている。

Chie:一時期バリに住んでいたのですが、バリでは儀式をかなりちゃんとやりますね。

稲葉:今の人が忘れているとこなんじゃないですかね。歴史とか伝統の中に残っているものを、形だけでなく、もう一回読み取る必要があると思います。盆踊りで輪を作った時に人と人の間に一人分の間をとるのは、死者が踊るためです。盆踊りとは生者と死者が出会う場所だから。

形として残すだけでなく、死者がそこにいる、実在するということを前提でやらないと意味がないのです。そういうことがいろんな芸能の根源のところにあると僕は思っています。

アートは死への問いに向き合う

稲葉:人間が最初に出合う不条理な体験は死だと思います。それをどう受け止めていくか、というのは何百万年という歴史の中で人が常に葛藤してきた問題です。そしてこの問題こそが芸能や芸術が生まれる最もプリミティブな源泉だと思っています。

医療者でありながら芸能に関心があるのはそういうところにあります。死とは医学とは全然関係なく病院で人が亡くなったら葬儀屋さんを呼ぶ、というのはすごく貧しい発想だと思います。そんなことだけで、人類が今まで続いてきたはずはない。

Chie:この「道」公演は一回で終わらず、来年も再来年も続く。どんどんエネルギーが回るって信じています。

稲葉:生きているものだけでやるのではなく、死んでいるものにもエネルギーを回してほしい。そういう意味で広い生命の輪をつくってほしいと願っています。

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バリアージ舞踊団創設15周年記念公演「道」(延期公演2019年12月21-22日@さいたま芸術劇場)のチケットはこちらから

稲葉俊郎:1979年熊本生まれ。医師、医学博士。東京大学医学部付属病院循環器内科助教。心臓カテーテル治療や成人先天性心疾患が専門。2010年より往診による在宅医療も行い、学生時代より山岳医療にも従事(東大医学部山岳部監督)。2011年の東日本大震災をきっかけに、医療があらゆる領域との創発を起こすために、様々な分野を横断した活動を始める。著作『いのちを呼びさますもの―ひとのこころとからだ―』(アノニマ・スタジオ)、『ころころするからだ: この世界で生きていくために考える「いのち」のコト』など。HP:https://www.toshiroinaba.com/

Chie Norieda:舞踊団Baliasi創立者・舞踊家・振付家・演出家。3歳よりモダンバレエを始め、モダンジャズ他を学ぶ。阪神淡路大震災をきっかけに人生を全うすべくダンスの道へ。アーティストサポートダンサーとして、コンサート、TV、CM、PVなどに出演。ダンスコンテストでも数々の優勝に輝き、Janet Jacksonからも評価を受ける。2003年渡バリ。バリ舞踊習得のため、国内外でも有名な舞踊家Cokorda Istri Putri Rukuminiに師事。帰国後、「美と癒しの異空間」をテーマにオリジナルアジアンダンス『Baliasi(バリアージ)』を確立。多分野アーティストとの様々なコラボレーションを行い、日本に限らずイタリア、シンガポール、ハワイ、チェコ、スペイン、NY、ロサンゼルス、バリの他、平昌冬季オリンピックオープニングセレモニー招聘(Izanami Project)と海外でも注目を浴びている。


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いけばなをビジネスの世界につなげる活動をしながら、経営誌の編集や、執筆、講義・講演などのお仕事をしています。

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