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小説『良薬は口に甘し』

おいしいものから生まれる小さなストーリー」は、自分の好きなおいしいものから想像したストーリーを綴っていく掌編小説集です。今回のストーリーの種となるおいしいものは、romi-unie(ロミユニ)のジャム「merci(いちごのジャム)」です。

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今日も仕事でイロイロあって疲れて、それはもうイロイロすぎて思い出すのも億劫なほどで、はあっとため息ばかりついちゃう、そんなわたしに同僚のキミちゃんは励ましにも似た愛ある説教を与えてくれて、それはたしかに的を射ていて、まあそれもそうよね、なんて思いながらも心はヘトヘトで、とにもかくにも、ようやく今日という一日が過ぎ去ろうとしている。

ああ、もう何もしたくないやっ、と家に帰りつくなり床にゴロンと寝転がりながらも、バッグのなかからわたしは小さな箱を取りだしてみる。
 
赤い紐でくくられたその白い箱には、開けると小さな瓶が入っていて、その瓶に巻かれたゴムバンドには「merci」という可愛らしい文字の書かれたタグがついている。中身はいちごのジャムだ。キミちゃんはそう!ムチな説教をくれたあと、しっかり飴というご褒美を用意しておいてくれた。わたしへの日頃の感謝って、小粋なサプライズ。

「なにこれ、どうしたの?」と訊けば、この前の休みにキミちゃんは鎌倉へ一人、日帰り旅をしてきたという。

「へー、なんだかカッコいいじゃん。一人旅なんて」。そう感心するわたしにキミちゃんは、「まあね、わたしもイロイロあってさ」とぼやくように言いながらちょっと遠い目をしたあと、「鶴岡八幡宮でお参りをしたあとね、参道沿いでかわいいジャムのお店を見つけてさ。そのお店、いろんな種類のジャムがたくさんあって、どれもおいしそうだから一気にテンションあがっちゃったよ」と言ってフフフと笑い、「でね、帰りの横須賀線はグリーン車にしてみたの。プチ贅沢ってやつ!」と得意気に言うものだから、「おお、いいねー!」と言ってわたしは手を叩いてみせた。そりゃあ、わたしたちにだって、プチ贅沢くらいのご褒美、存分に与えてあげなくっちゃね、と。

起きあがり、添えられてあったカードを開くと、見慣れたキミちゃんの伸び伸びした文字で、優しさ溢れるメッセージが書き綴られてあった。なにさ、なにさ、いきなり、とわたしは動揺しながらも喜んでしまう単純さは否めない。メッセージの最後には「いつもありがとう!これからも一緒に頑張ろうね」、だって。ああ、なんて気の利く友人、キミちゃんにサンキュ!と言いながら、そのとろりとしたジャムの入った小瓶を宙にかざすと、照明の光を受けて、なんだかそれは深紅色の宝石みたいな輝きを放つ。

気づけば真夜中。にもかかわらず一口食べてみたくなって、思わず銅色の蓋をひねり回せば、ポコン!と良い音がして、甘い匂いが鼻孔をくすぐった。あ、そうだ、ヨーグルトがあったかな、と思いついて、スプーンで一匙すくってかけて食べればもう幸せ。いちごって、そのままでも甘酸っぱくておいしいくせに、砂糖を入れて煮込めば、それはもうおいしいに決まっている。明日は王道、食パンにつけて食べようかしら。それとも、冷凍しておいたスコーンもあったかな。

考えているうち、なんだかたのしい気分になってきて、次第に今日あったイロイロもどこか遠くへ飛んでいって、それよりも口に広がる甘さに幸福感が上昇しちゃって、単純だなわたし、と思いながらも、案外、それでいいんじゃないの、と思う自分は甘ちゃんなのかな。でも、明日からも否応なく毎日は続いていくわけだから、苦い良薬もときには必要だけれど、疲れきったときには甘い良薬の方が確実に効くのよね、なんて思うそばから、あ、そうだ、ジャムを食べ終えたらこの空き瓶はちょっとした小物入れに使おうかな、なんて、たのしいことを考えている時間が増えるほどに人生は甘くなる。

苦い人生、甘い人生、ってどちらが正解でもないのだけれど、でもやっぱり、
「人生は甘い方を望みます!」
とひとり密かに宣言してから、のこりのジャムをあがめるようにして、そっと、冷蔵庫に入れた。

ほらもう、明日がちょっぴり、たのしみになっている。

(了)
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