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父が行きたかったところ

私の父は5年ほど前に亡くなっている。病気だったので闘病したし死ぬ一週間前まで大学で授業をしていたから生命を全うしたという感じだった。本人はまだまだ生きる気でいたけれども、なくなった。

私は割と父とコミュニケーションをとっていた方だと思うけれど、今日は早稲田の大学院出身の友人とわたしの退院祝いも兼ねて会いましょうということになった。どこにいきたい?といわれたので、実家から都心にもどり緑を見ていないような気がしたので「緑が多いところかなぁ。庭があったらいいかも」などといったら、いろいろと素敵なスポットをあげてくれた。今の私には分不相応かなと思ったけれども、目白付近に実家がある友人なのでその界隈をピックアップしてくれて、私は父から聞いたことがあるスポットの名前で「ここがいい!」と思ったのだった。

それは、リーガロイヤルホテルというホテルで、わたしはもちろんいったことがなかった。だけど、その名前を聞いたときに「父が行きたがっているような気がするなぁ」とふと思ったのだった。お庭も緑もありそうだし、それもいいかもしれないということででかけた。おめかししたかったけれどどうにも洋服が決まらずわたしだけラフになってしまったのだけれど。

ヨーガを学ぶと肉体を脱ぎ捨てても魂は死ぬわけではないとありありとわかるときがある。もちろん、輪廻転生するしないというのはいろいろな見解があるだろうし(長年ヨーガをしていると、あるなと思わざるを得ない体験もいっぱいするけれど)父は亡くなってもうしばらく経つので、輪廻転生しているのか、神道では10年後に守り神になるといわれたり、それぞれのタイムラグがあるのだけれど、例えば柿の葉寿しをみるとおじいちゃんが食べたがっているような気がするし(奈良にいたから)、リーガロイヤルといえばしきりに連呼していた(大学院時代に父がいっていたのか、そこらへんはもううろ覚えだけれど、ちょっと得意げになにかこの単語を発していたような気がすることだけは覚えている)ところにおじゃまできたのはなんとなく見えない親孝行をしたような気分で嬉しかった。

手術をしたりして、最近は引越しも考えてまいにち掃除をしているけれども、今夜はふと「たまたま目が覚めて明日の朝生きているんだもんなぁ。これって案外奇跡的なことなのかも」と思った。当たり前に目が覚めると思っているから、目の前の食べ物をときに美味しくないと言ったり、部屋が狭いと言ったり、何かしら文句を言ったりしてしまう。もちろん、とびっきりのものを選ぶということを自分がする努力を忘れてはならないけれども、もしかして生きていることが奇跡だとしたら、謙虚になれるよなぁなんてお掃除のこびりつきを取るたびに思う。部屋が別次元のようにどんどん綺麗になり、ホテルでお食事し、ホテルの人はこのコロナでなんだかサービスに元気がないように思えたけれども、それだって、あんな素晴らしい環境でランチ(コースとか食べてしまった!お昼だから許して)を、しかもずっとずっと大切なお友達とできたことはとても素敵なことだった。

忘れないようにとマスク姿で一緒に撮影し、ちょっとまあいいか!と外だったのでマスクなしでも一緒に撮影した。またいつかあえる、というか近いうちに会おうと思っているけれどそれがいつになるか、というのは本当は誰もわからない。自分の意思で全てをコントロールしているようなつもりでいるけれどそれだってほんとうのところはわからない。できることをしていこうではないか、という気持ちだ。

そしてもう5年になり、まいにち思い出すわけではないのだけれど父がいたことに感謝したり(父と今日の友達はあって話もしていたから)することがあってもいいなあ。地方都市のお盆や来月だけれど、東京のお盆や先週で、きっと大切な人が行き来しているのかもしれないなとそんなことを思った。



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