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【小説】お父さん譲りの短い指に


病室のベッドで目を閉じる初老の男性は、あの父親と同一人物とは思えないくらい弱々しく見えた。

"お客さんの家を作る。お客さんの人生を作る。夢のある仕事だろ?"

そう言って誇らしげに工具を扱う父親に、わたしはあまり懐いていなかった。


男みたいに短くて、ゴツゴツした自分の指が嫌いだった。

わたしが物心ついたくらいから大工をしている父親譲りの指である。
周りの女の子みたいになりたくて、ピアノを習ってみても指が短くて1オクターブも届かない。
一生懸命バイトをしてお金を貯めて、ネイルサロンに行ってみたけれど写真みたいな仕上がりにならなくて、ネイリストのお姉さんが気まずそうな顔をしている。
テレビで人気の俳優が、「手が綺麗な女性に惹かれる」と言っている。

わたしは女らしくない。

ゴツゴツした手がその全てを語っているようで、目に入れたくもなかった。 


昔、工具で切ってしまったという父の親指は少し欠けているし、いつもどこかしら怪我していて、真っ黒でゴツゴツで、「男の手」という感じだった。

わたしが彼譲りのこの男みたいな手をずっとコンプレックスに思っていることなんて知る由もなく、いつも酔っ払うと「お前の手は父さんそっくりだな」と満足そうな笑みを浮かべるのである。

そんな父親が倒れた。

家族サービスなんてしてもらった覚えがないし、朝は早く出て夜は日付を越すか越さないかくらいに帰ってきて、「この仕事で死ねるなら本望だよ」とニカッと笑ってタバコを吸う父親の顔なんて嫌と言うほど見てきているけど、

本当に倒れた。

人間って呆気ないな、と思うと笑えてきた。


"ねえ、お父さんってずーっと大工しかやってきてないの?"

"あれ、あんた覚えてないの?
お父さん、昔は銀行マンだったんだよ。"

"最初は日曜大工程度でさ、あんたに「秘密基地が欲しい」って言われてお遊び程度の工作をしたらあんた凄く喜んでさ。
「おとうさんはてんさいだね!」
なんて言ったらさ、
そっから急に転職しちゃったんだよ、本当おかしい人よね。

おかしい人よね、なんて言いながら、母は困ったように目を細めて楽しそうに笑う。

"あ、目覚ましたわよ。ほら、お父さん!お父さん、分かる??"



"お前、その指どうしたんだ"

"わたし、結婚するの。"

"そうか。"

いっつもこの感じ。
もうちょっと喜んでくれても良いじゃん、と思ったけれど、


お父さんはその短くて汚くて太い親指で、それ相応の大粒の涙を拭っていた。

"お前の手は父さんそっくりだな。"

(1012文字)

春ピリカグランプリへの応募作品です。

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