見出し画像

孤独と感謝で波打つ日常との戦い。

こんにちは、台湾台北暮らし現採会社員のまゆーです。

現在、このnoteでは一旦テーマは絞らず、その日その日のふと湧いてきたことのアウトプットを淡々を行うための場として、
まずは不定期に、いずれは毎日投稿できるくらいの書く筋力をつけていくべく投稿をしております。

なので、日により内容に思いっ切り偏りが発生するかと存じますので、折角ご縁有り辿り着いていただき、さらに読み始めていただいている懐の大きい皆さまには大変恐れ入りますが、
温かい目でゆるっと読み流していただけると幸いです。。m(_ _)m


発信活動を行う上での第一目標、それは勿論 "何を発信している人間" であるかを明示できるようになっていくこと。
そこに辿り着くまでは、まず粛々と。

ただ流れに沿うこと8割、自らの決断たった2割の人生の果てに、気づけば台湾・台北で暮らし台湾人パートナーとの結婚までは辿り着き、
特別なスキルはなくただ目の前にやってきてくれた仕事を辿り、越境EC向け広告運用という未だに理解が追いつかないフロー型仕事で、とりあえずまだまだぼんやりとした未来のための生計立てと貯蓄をしながら生きている30代が、日々淡々と言葉を紡ぐ先に何か少しでも面白いものが見えれば、それは大変光栄なことである。


***


"孤独"


それは誰もが”人生”という、いつまで続くのか的確には答えにくい乗り物に乗る旅の中で、どれだけポジティブが性格の根幹である方でさえ少なくとも一度や二度は対面したことがある感情ではないだろうか(人生で一度もコレに対面したことがない、と口にできる人物がいるならば、今すぐにでも会ってお話を伺いたい)。

私は遠い昔、物心ついた頃なのか少なくとも小学校に上がる前に幼稚園児くらいには、既にソレを恐れ出していた。
ソレであることが事実なのかそうでないのかわかりやすい、集団行動をする機会が多かった学生時代ならともかく、単独行動が増えしっかり大人になった今も、日々流れゆく時間を追いかけながら、少なくとも1日に1回はソレと向き合う時間がどうしてもある。

画像1

ある方から伺った限りでは、「孤独を恐れたりするのは、普通のこと」らしい。
それが正とすると、今この瞬間も世の中、世界中の人々も、
表向きにはゴリゴリアグレッシブなパフォーマンスを見せるメディアの中の人も、
力強く他人の背中を押すような発信を続けるSNSのインフルエンサーも、
常に友達に囲まれていたように見えていて、私と真反対の性格を持ち人付き合い上手な弟も、
物静かで友達の数はそこそこ、自分の大好きなアイドルグループグッズを集め時々ライブに行き本人なりに楽しんでいるらしい妹も、
いつも私の前では柔らかな物言い、可愛い笑顔を中心に喜怒哀楽ストレートに見せてくれ、常に誰か友人や仕事のメンター、仲良し同僚に家族と人に囲まれているパートナーも、
皆、何かしらの孤独に苛まれている時があるということ。

画像2

そう自分に言い聞かせて見ても、どうしても自分が日常向き合う孤独の数が多すぎやしないか・・と思う瞬間が多い。

母親がいなくなったら、どうやって家族とコミュニケーションをとっていったらよいのだろうか。

物心ついたころから教師としての仕事や長らく指導している中学〜一般社会人の吹奏楽団への時間で忙しく、家にいる時間は短いのにふと顔を合わすと大嫌いな怒声で怒って来る父親を、万が一母や日本にいる弟妹がいなくなったらどう相手したらよいのか。

通常であれば両親を見送った後残る弟妹たちと、どうコミュニケーション図ればよいのか。今はお互い結婚し外に出ている弟と私が実家にいた時も、お互い殆どまともに会話交わさなかった姉弟妹が大人になり、仲介役の両親がいない場面でどう会話したらよいのか。

パートナーが万が一明日いなくなったら、私はどこに身を置き、どんな生活をしたら良いのか。

子どもを産み育てるならそろそろ年齢体力的に厳しくなっていく年頃も近くなる。でも私自身がまだまだ子どもで、自分のことを考えることで精一杯。家族が増えた未来図を描いても、悲しいながらふと脳裏に飛び込んでくるのは子どもを痛めつけている自分。一掃のこと諦めて自分とパートナーの人生に集中した方が良いのか。

40、50、60歳…と歳を重ねた後も、最期の最期まで誰かしら私の周りにいてくれる人はいるのか(もちろん、その時が来た時にまだ命があることが前提で)。


こうした今考えても仕方がない妄想で、隙あれば脳味噌が埋め尽くされ、下手すると日常の仕事時間や生活の時間を邪魔して来る。

世間一般の皆さんも、これって普通の現象なんだろうか。
普通の現象だとしたら、一体可動域に限界がある脳味噌に溢れかえるこれらと、どう対峙し受け流しているのだろうか。


***


起伏激しい感情と脳味噌バランスを取るために淡々と過ごしている部分もあるが、一方で私が今目の前にある日常で、ある程度ちゃんと生活できているのは、
日々の【感謝日記】活動の影響を少なからず受けているからだと認識している。

初めてそれを知り、書き出し始めたのは、まだまだ時浅い1年4ヶ月前の話。当時お世話になっていた高額元メンターが教えてくれた、自分で自分の心を満たし、今現在の自分の肯定感を上げる方法。
Twitterと同様、短文の投稿でできることから続けやすく、習慣化もしやすい。
同い年でもあった彼女から教わったことで、唯一今も続いていることである。

始めの8ヶ月こそ、オフラインで手元の手帳に書き綴ってきたが、
noteという公の場に晒しながら書くことで、日々書き綴る内容に”感謝の気持ち”がちゃんと纏っているかどうかを、不特定多数の方が目にする可能性を作っているからこそ客観的に見直すことがしやすくなった。

画像3

感謝日記というと、よくよく見かけるのは、執筆者が他者へ向けた感謝を書き綴られる様子・事例。
でも私は、特に直近は“自分”が今ここに存在していることへ向けての感謝を綴っていることも多い。

綴り出した頃は、ただでさえ自分のことに関心を向けやすい自分中心人間なのもあり、できる限り私に関わってくれる他人や、身近で支えてくれるモノたち、足運んだ先で出会った物事にフォーカスして書き出していた。
だが、今は自分自身への感謝が思い浮かぶ日も少なくない。 

周りの人が近くに居てくれること。何気ない日常で目にする光景が、当たり前に存在しているとは限らない奇跡的なことであること。
そんな周囲への感謝を続けていると、自分自身が今この瞬間元気に、なんなら五体満足な状態で目覚め、大切な人の笑顔と声を見聞きし、外出出来、公共交通機関に乗り、その日出会った人と会話をし、何かしらご飯を口にし、帰宅してシャワーを浴び、また床につくこと……そんな物事にも喜びを感じ、日々の小さなエネルギーの積み重ねで生きる活力を得ていることにも気づく。
私自身が、今の私でいることへの喜びを改めて確認することができる。


***


“孤独(へ恐怖からくる不安)”と“感謝”
真対極にある闇と光のような言葉達。

日々付き纏う闇との向き合い、改善の時間はきっとまだまだ長い戦いになるが、
小さな光の発見の連続に力を分けてもらえる方法を知ったから、その協力と感謝と共に、既に台湾移住後3年以上は続く停滞気味の毎日でも諦めずに次の道を開拓していきたい。

そんなことをふと頭に過らせながら、明日もどこかしらの時間でnoteに送り出す予定である。

画像4


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?