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本日のメニューは。

先日、旅行先の城崎温泉の短編喫茶unで読んだ、行成薫の「本日のメニューは。」という小説の感想です。
この短編喫茶unについては過去のブログをご参照ください。

この本のことは全く知らなかったのですが、短編喫茶unの本棚からなんとなくタイトルで選びました。表紙のイラストも美味しそうだし、食べることが好きな私はこの喫茶で過ごす相方をこの本に決めました。

この小説は5つの物語からなる短編集で、どれも食事が題材となっており、それぞれの短編が微妙に絡みながら進んでいきます。

1つめは「4分間出前大作戦」。
病院を定年退職した元医者である男性が通う中華そば屋には、入院しているお父さんに食べさせたいと小学生の兄弟がやってくる。しかし店主は4分以内に食べないと美味しくないからと出前を断わる。そこで子供たちは、中華そばのどんぶりを借りて、4分で病室まで運ぶ練習する。ラーメンを運ぶ本番には、元医者の息子であるプロスケートボーターが一役買うことになります。果たしてお父さんにラーメンを食べさせることができるか。というストーリーです。
この兄弟のおそらくもう長くはないであろうお父さんにラーメンを食べさせたいという思いと店主の美味しい状態のラーメンを食べてほしいという思い。2つの純粋な思いに胸がきゅっとなりました。ラーメンを運んだ後日、この兄弟がお店を訪れるシーンは何とも言えない切なさと温かさを感じました。
元医者の男性は息子の職業を認めておらず2人は親子ながら微妙な関係なのですが、この2人の関係性とストーリーとの絡み方も良かったです。

2つめは「おむすび狂詩曲」。
味より見た目重視な娘の弁当をSNSに投稿し「いいね」されることで頭がいっぱいの母親。娘はいわゆるマズメシを食べることができず、朝から女性店主が切り盛りするおむすび屋に通う。実はこの女性店主は家族の為にはじめたおむすび屋に重きを置くあまり夫と娘と疎遠になっている。ある日、おむすび屋に通っていることが母親に見つかってしまって…というお話。
親子の関係性について考えさせられるお話でした。母の手料理は親子の絆なんですよね。
SNSに走った母親とおむすび屋の女性店主の対比が良かったです。どちらも家族の為にと始めたことなのにうまくいかないもどかしさが苦しかったです。主婦って、手料理ってあまり褒められないですもんね。
私はたまに実家に帰ると母親の作る食事を食べることが楽しみの1つになっているくらいに母の手料理が大好きなんですが、そのことをもっと母親に感謝しないとなと思いました。

3つめは「闘え、マンプク食堂」。
食堂のオヤジのモットーはお客を満腹にさせること。たまにやってくる青年はお店のご飯がなくなるまで食べつくすがお腹いっぱいになる素振りもない。オヤジは彼を満腹にさせるために試行錯誤する。
この2人のある意味「対決」の物語なのですが、2人の抱えていた過去にハッとさせられました。ただお腹いっぱい食べられること、食べさせてもらえることの幸せを嚙みしめて生きたいと思えたお話でした。

4つめは「或る洋食屋の1日」。
洋食屋でドミグラスソースを50年間作り続けてきた店主とそれを支える妻。今日で閉店する洋食屋の最後の1日を描いたお話。
ずっと煮詰めてきたドミグラスソースと共に体力も衰え、ソースを受け継ぐ後継者もいないというのは老舗飲食店の現実なのかもしれません。1つの歴史が終わる瞬間を寂しくもゆったりとした描写で描かれているお話でした。

最後は「ロコ・モーション」。
脱サラしてキッチンカーで洋食屋をやろうとする夫婦。料理が上手な夫はハワイで食べた「ロコモコ」を看板メニューにしようと準備を進めるがなかなかうまくいかない。そんな中で妻の妊娠が発覚し、ますます追いつめられる。偶然出会った高校時代の同級生と共にキッチンカーのコンテスト優勝を目指して奮闘する。
私自身が妊娠中ということもあり、祈るような気持ちで読み進めていったお話でした。この夫の美味しいものを食べてもらいたいという純粋な気持ちに心打たれました。料理ってそれに尽きるよなと思います。その気持ちがあるかないかでその料理の味って本当に変わると思うんです。そういえば私の母親も「料理は愛情」と言っていたなぁとふと思い出しました。

1つ目以外はありがちな日常の設定ではあるのですが、さっきの話で出てきた人物が別の話で出てくるというような仕掛けが面白かったです。立場や目線が変わるとその人の描かれ方も変わってくるんですよね。
どのお話もそうした人と人との交わりで話が進んでいく…色んな「縁」が重なって展開されていくお話たちに心が温かい気持ちになりました。


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