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【小説】舌マフラー

 私は生まれつき舌が長くて、成長するにつれさらに長くなっていって、小学生になるころには口の中に仕舞っておけなくなった。それでも舌は伸び続け、中学生になるころには首を一周できるようになった。そして高校生になった今では、二周している。

 ぶらぶら垂らしておくのが嫌なので、常にマフラーみたく首に巻くようにしているのだ。

 無論、私はこの異様な長さの舌を気に入っているわけがない。見た目もコンプレックスだし、邪魔くさいし、上手く喋れないし、飲み物は飲みにくいし、ものを噛むことができないせいで離乳食に頼らざるを得ない。

 周囲に馴染むこともできない。〈化け物〉と呼ばれて仲間外れにされるし、陰口も叩かれるし、いじめも受ける。登校拒否になって、部屋に閉じこもるようになる。励ましてくれる人はいない。両親もまた私を疎ましいと感じているのが分かるし、強いて云うならこの数奇な障害(?)を持つ私に対して援助をしてくれる団体の人々がいるけれど、彼らの言葉は全部が上から目線の善意の押し付けみたいに聞こえて、ちっとも慰めにならない。

 両親が愛情のかけらも注いでいない私を育て続けているのが、この援助金目当てだということも知っている。しかし私が大きくなるにつれて養育費も多くかかるようになるし、これからを考えるとトータルで赤字になるのだと両親は気付く。そして両親はとうとうカミングアウトする。

「この子は山奥で拾ってきた子なんです」

 薄々、勘付いてはいた。私は父にも母にもまったく似ていない。話によれば、およそ十七年前、登山中にコースから逸れてしまったところで偶然に私を見つけたらしい。おそらくは捨て子で、そのころの両親はなかなか子供ができないことで悩んでもいたから、自分達の子にしてしまおうと考えて拾ったんだとか。だが育ててみれば、私は異常な舌を持つ〈化け物〉で、ひどく落胆したようだ。

「はずれくじを引かされたって感じでしたね。ハハ……」

 自分達と血の繋がった娘ならともかく、拾い物が〈はずれ〉だったと知れば愛情など湧く由もなかったらしい。勝手な話だ。

 で、私を抜きにして大人たちがまた勝手に話を進めて、私が捨てられていた場所に行ってみようということになる。私の本当の親を探すにあたって、まずはそこに手掛かりを求めるんだとか。みなが私のためだと云うけれど、そんなわけがない。

 記憶をたよりに両親が私と援助団体の数人を連れてきたのは、想像以上に鬱蒼とした山奥だった。

「此処です。間違いない……あの二股の木に見覚えがある」

 するとガサガサガサッ、ガサガサガサッと草を掻き分ける音が周りから聞こえ始めた。それは私達を取り囲んでいて、距離を縮めてくる。「な、なんだっ?」「動物でしょうかっ?」「く、熊とかは冬眠しているはずですよね?」両親と団体の人達が怯える。

 間もなく姿を現したのは、長い舌をぐるぐると身体に巻き付けた人々だった。

「ううあーーーー、ううう、うあーーー、あーーーー」

 彼らは身体に巻き付けていた舌を解くとそれを自在に動かして、両親と団体の人達を次々と薙ぎ払った。父が明後日の方向へと飛んでいく。母が巨木に叩きつけられる。団体の人達がそれぞれ頭が陥没したり全身の骨が折られたりする。

 舌の長い人々のうち、ひとりの女性が私に近付いてきて、その目が優しく微笑む。その舌が伸びて私の全身をぐるぐると柔らかく包み込み、その状態でマッサージ機みたくうねうね動いて、私のストレスを緩和する。これが彼女――彼女達にとっての愛情表現なんだと悟る。

「あうああ、うあお」と声がする。〈おかえりなさい〉という意味だと分かる。

〈化け物〉と呼ばれてきた私だけれど、それは間違ってなかったようだ。私は人間ではなかった。私の本当の居場所は此処にあった。

 なんだ。これって醜いアヒルの子じゃん。

    ●

 私は人里離れた山奥で、彼らと共に生活を始めた。しかし曲がりなりにも人間社会で育った私は彼らの生活に上手く順応できず、ここでも同じように疎まれるようになった。私は自分の首を自分の舌で絞めて死ぬ。

 醜いアヒルの子が、白鳥なら綺麗だとは限らないのだ。


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